いじめや差別はよくあること? 子どもに伝えたい、憲法が守る「基本的人権」とは
他の人と違った一面をもった子が、仲間外れにされたり、バカにされたり…こうした出来事を、「よくあること」で済ませてしまっていいのでしょうか。
いじめや差別は、日本の憲法が守ろうとしている大切な考え方に反しています。
憲法というと難しく感じますが、その根っこにあるのは、「どんな人も大切にされるべき存在」という、とてもシンプルな思いです。
『ピンチを救うぼくらの憲法』より、子どもにもわかりやすい基本的人権の解説をご紹介します。
※本稿は、木村草太(監修)『12歳までに知っておきたい ピンチを救うぼくらの憲法』(Gakken)より一部抜粋、編集したものです。
【憲法がないとピンチ】食べるのが遅いからって先生からもバカにされた!
ささいな理由でいじめが発生
ある学校に食べるのに時間がかかるAさんがいます。Aさんが給食を食べ終わるのは、いつも次の授業が始まるギリギリ。
「いつまで食べているんだ、のろま!」
クラスメイトの中には、こんな言葉を使ってAさんに意地悪をする人があらわれ、先生も同じようなことを言い出す始末。
また他のクラスでは、ある地区に住んでいるという理由だけで、Bさんがみんなから無視されていました。
「あの地区の子とは関わってはいけないよ」
家の人にそう言われたからなのだそうです。一方、この国にはたくさんの外国人が住んでいます。もし「外国人だから」という理由だけで学校に通うのを禁じられたり、牢屋に入れられたりしたらどうでしょう。AさんもBさんも、そして外国人の子どもも、他の子どもたちと同じ一人の人間です。みんなと同じようにできない、または住む場所や出身地が違うという理由で、いじめや差別の対象となっていいのでしょうか? そしてもし、国家権力によるいじめや差別が当たり前だったらどうなってしまうでしょうか?
クラスでのいじめも国家権力によるいじめもどちらも絶対にあってはならない
どんな場所でも少数派になる人はいます。もしも多数派の人たちが、少数派の人はいじめてもいい、差別をしてもいいと決めた世の中になったら……。みんなが思っていることを平等に発言できない世界になってしまいます。
【憲法があれば解決】基本的人権がいじめからみんなを守る
基本的人権があるから人間らしい暮らしが送れる
私たちは豊かで人間らしい生活が送れるように、生まれながらの権利をもっています。それが基本的人権です。日本国憲法「第11条 基本的人権の享有」では、すべての国民が、基本的人権をもっていることを定めています。つまり、一人一人はかけがえのない個人として扱われないといけないということです。
憲法における基本的人権は、大きく5つに分けることができます。すべての人間は平等な存在であり平等な扱いを受ける権利である平等権、国の権力から不当に強制や命令されることなく自由に物事を考え行動できる権利である自由権、人間らしい豊かな生活を送る権利である社会権、政治に参加する権利である参政権、人権が侵された場合に救済を求める権利である請求権の5つです。
前のお話のようないじめや差別や迫害は、平等権の侵害にあたります。
※享有…権力や能力といった形のないものを、生まれながらにして身につけもっていること。
みんな「同じ人間」
考え方が違っても、みんなができることができなくても、住んでいる場所が違っても、人種が違っても、みんな同じ人間であり、みんなどこか他の人と違った一面をもつ個人です。どんな人でもいじめや差別をされていい理由などありません。
もしそんな場面を見かけたら、この憲法の内容を思い出し「いじめや差別を許していい理由なんて一つもないんだよ」と教えてあげましょう。
【ぼくらの憲法 第11条 基本的人権の享有】
すべての国民が生まれながらにもつ基本的人権は、侵されることのない永久の権利であり、現在と将来の国民に与えられています。
木村草太(監修)『12歳までに知っておきたい ピンチを救うぼくらの憲法』(Gakken)
いじめや理不尽なルール、戦争と平和――。
子どもたちのまわりに潜むたくさんの「ピンチ」を救う味方、それが「憲法」である。
「憲法」と聞くと、むずかしい言葉が並ぶ、自分とは関係のない遠い世界のものだと思うかもしれない。憲法は、みんなが毎日を楽しく、自分らしく過ごすために欠かせない、もっとも身近で大切な「約束」なのだ。
本書は、テレビでもおなじみの憲法学者・木村草太先生が監修。
「もしもこの世に憲法がなかったら、どんなピンチが起きるのか?」
という視点から、憲法の役割をやさしく解き明かす。































