講談社絵本賞『ある星の汽車』贈呈式 森洋子さんが明かした“絶滅”を言葉にしなかった理由
第57回「講談社絵本賞」の贈呈式が、赤坂プリンス クラシックハウスで開催されました。1,700冊を超える応募の中から選ばれた受賞作は、森洋子さん作『ある星の汽車』(福音館書店刊)。東京藝術大学で絵を学び、『ぼくらのひみつけんきゅうじょ』(PHP研究所)をはじめ数多くの絵本を手がけてきた森さんが、3年の歳月をかけて完成させた一冊です。
贈呈式では、選考委員による選評と、森さん自身のスピーチが披露されました。森さんが絵本に込めた想いとは——その言葉を、式の場からお届けします。
1,700冊から選ばれた一冊
受賞作『ある星の汽車』は、広い大地を走る汽車を舞台にした物語です。さまざまな動物たちが乗り込む車内を、ひとりの男の子が歩きまわり、乗客たちと言葉を交わします。やがて男の子は、駅に止まるたびに誰かがひとりずつ降りていくことに気づきます。降りていったのは、絶滅した動物たちでした。
講談社絵本賞は、「絵本において新分野を開拓し、質的向上に寄与した優秀な作品」に贈られる賞です。今年で57回を数え、日本の絵本界を代表する賞のひとつとして知られています。
今回の選考委員は、きむらゆういちさん、高畠純さん、武田美穂さん、土居安子さん、松成真理子さんの5名(五十音順)。1,700冊以上の応募作を経て、『ある星の汽車』への授与が決まりました。
贈呈式で登壇した講談社社長の野間省伸さんは、受賞作についてこう語りました。
「精緻な鉛筆画の美しさに目を奪われました。月が軽く照らす中、静かに汽車の旅が進んでいきますが、駅に止まるたびに誰かが降りていきます。読み進めていくと、降りていったのは絶滅した動物たちだということが徐々に分かり、やがて寂しさが漂ってきます」。
「この汽車には地球に生きるすべての動物たちが乗車していて、私たち人間もその一員であるという圧倒的な事実が胸に迫ってきます。一冊の本がこれほど広く深い旅をさせてくれる。これが絵本の持つ力だと感じました」(野間社長)。
選考委員が語った「絵本の使命」
選評を担当した選考委員の松成真理子さんは、絵の細部への驚きをこう語りました。
「月星の影も綺麗に描かれていて、乗客の仕草も一つ一つに物語の予感が感じられました。(動物たちの)荷物の一つ一つ、本当に丁寧に、その者たちが持っているものをこんなにぴったりに探し当てるのはすごいなと思って、いろいろびっくりしながら見ていました」。
松成さんが特に言及したのは、作品のラストに登場するアルバトロスの幼鳥の場面です。
「汽車の窓から飛び立ったアルバトロスの子供たち。子供が再びこの汽車に乗り込んでくることの希望まで塗り込んでいて、裏表紙にはお母さんの片目のペンダントをつけたちっちゃなアルバトロス。大切なものをちゃんと大切にするっていうシンプルなことがすごいなと思いました」。
そして松成さんは、この絵本の役割をこう締めくくりました。
「これからの地球のことを考えることの種を持つような絵本だと思っています。今の時代に誰かが伝えていくことを任されたような絵本だと思いました。森洋子さんがその書き手に選ばれたのだと思いました」(松成さん)。
祝賀会では、選考委員の武田美穂さんが乾杯の挨拶に立ち、作品の結末をパンドラの箱の神話になぞらえてこう語りました。
「読み進めるうちにだんだん切ない気持ちになってきたんですけど、最後の最後にすごく素敵なことがある。パンドラの箱の物語で、悪いものが蔓延した後、箱の底から小さな希望が地上に舞っていく——あの感覚と重なって、アルバトロスの結末にワクワク光をいただいたみたいな気分になりました」(武田さん)。
43歳で初めて絵本が本屋に並んだ日
登壇した森洋子さんは、まず自身の歩みを静かに振り返りました。
「若い頃からずっと絵を描き続けてきましたが、40代までほとんど私の絵が世の中に出ることはなく、初めて私の絵本が本屋さんに並んだのは43歳の時でした。そしてそれから19年。やはりその後も絵をずっと描き続けて、この度このような素晴らしい賞をいただき、人生には時に思いがけないことが起きると不思議な気持ちでおります」。
長く絵を描き続けてきた末の受賞。その言葉には静かな信念が感じられました。
「縁があって通り抜けてきたもの」
森さんは、受賞の感覚を独特の言葉で表現しました。
「私の作り上げた作品が賞をいただいたというより、私という筒状の中を、縁があって通り抜けて出てきたものが『ある星の汽車』で、それが賞をいただいたという感覚です」。
構想から完成まで3年。装丁、印刷、製本、そして編集者との二人三脚——その言葉通り、森さんはスピーチの大部分を、制作に関わったすべての人への感謝に充てました。一冊の絵本が多くの手を経て生まれることへの敬意が、言葉の端々ににじんでいました。
「絶滅」という言葉を、あえて使わなかった理由
制作にあたっては、動物学者の今泉忠明先生、山科鳥類研究所の油田照秋先生に何度も質問を重ねながら、各動物の生態や絶滅の経緯を丁寧に調べたといいます。特にアホウドリについては、1949年の絶滅宣言、その2年後の再発見、長年にわたる保護活動、そして2016年の人工飼育二世誕生まで、詳細な経緯を作品に反映させました。
そしてこの作品では、「絶滅」という言葉をあえて使わなかったと語ります。
「この言葉を使ってしまうと、上から目線の一般論で動物保護を語るような気がしたからです。地上の動物の絶滅を、遠いどこかで起きている一事ではなく、同じ汽車に乗られ、一緒にお弁当を食べ、飲み、時には眠り、共に旅する人間の席になぞらえて表現しました。ずっと一緒にいると思っていた隣人の席が、不意に永遠の不在になります。その誰も座っていない、取り返しのつかない空虚な座席を描きたいと思いました」。
そして森さんは、この本を書くことで自分自身が気づかされたことを、静かに語りました。
「人類と動物は、保護する側・保護される側と両者を分けて考えてはもういられない。私たちだってこの星の一つの種に他ならないことに、私自身が気づかされました」。
子どもたちへ手渡す「種」
贈呈式の後半では、講談社「おはなし隊」の牧野博美隊長による読み聞かせも行われ、会場には絵本の世界がそっと広がりました。
選考委員の松成さんが語った「これからの地球のことを考えることの種を持つような絵本」という言葉が、印象に残ります。難しい言葉でも、押しつけでもなく、ただ丁寧に描かれた48ページの物語が、子どもたちの心にそっと何かを残していく。そういう一冊です。
キノベス!キッズ2026で第1位を獲得し、子どもたちの間でもすでに広く読まれている『ある星の汽車』。ぜひ、お子さんと一緒に手に取ってみてください。
ある星の汽車(森洋子/福音館書店)
【絶滅してしまった動物たちを描いた創作絵本】広い大地を走る汽車。汽車には、ドードーの紳士、卵を大事そうに抱えたオオウミガラスの夫婦、青いコートを着込んだブルーバック、リョコウバトの団体客など、たくさんの乗客が乗っています。
その中に、お父さんと旅をする男の子がひとり。男の子は車内をまわって、乗客たちと会話をしたり、つぶやきを聞いたりします。
しばらくすると、汽車が駅に止まり、ドードーの紳士が下車していきます。
その後も駅に着くたびに乗客が降りていき、車内はだんだん寂しくなっていきます。
