親の期待が教育虐待に? 週6の塾や習い事、「やりたくない」と言えない子どもたち

南舞

子どもの将来を思い、塾や習い事を検討するのは親として自然なこと。けれども、その思いが強くなりすぎたとき、知らず知らずのうちに子どもを追い詰めてしまうこともあります。場合によっては、それが「教育虐待」と呼ばれる状態につながってしまうことも。

教育機関を中心に、これまで1万人以上の相談支援に携わってきた臨床心理士・公認心理師の南舞先生に、教育虐待の背景、そして親子の適切な「心の境界線」について解説していただきました。

「疲弊しきった子ども」が増えている

近年、都市部を中心に子どもの教育環境は大きく変化しています。

受験競争の低年齢化が進み、小学校・中学受験が一般化。文部科学省「子供の学習費調査」(令和5年度)では、年間学習費は私立小学校で約160万円、公立でも約35万円にのぼります。コロナ禍以降は塾や習い事など学校外活動費も増加。少子化が進む一方で、一人あたりの教育投資は拡大し、教育熱の高まりが一層加速している状況がうかがえます。

また、臨床心理士として相談支援に携わる中で、子どもが「何のために頑張っているのかわからない」と語るケースや、疲弊しきっている状態で学習を続けている実態に触れる機会が明らかに増えています。中には、親の強い期待や言葉によって深く傷つき、専門機関につながるケースも見受けられます。

親自身もまた、学歴や成果によって価値が測られる時代の中で育った背景を持っています。「良い学校に行くことが幸せ」という価値観が無自覚に受け継がれ、そのまま子どもへの関わりとして表れているケースも少なくありません。

教育熱心な姿勢や、子どもを思う気持ちは尊重されるべきものです。一方で、その関わりが行き過ぎることで、「教育虐待」と呼ばれる問題につながるケースも指摘されています。

「教育熱心」と「教育虐待」の違いは?

「教育虐待」とは、子どもの意思や発達段階を無視し、過剰な学習・習い事・受験を強要するなど、教育という名目のもとで行われる心理的・身体的な虐待を指します。厳密に定義された用語ではありませんが、子ども虐待の類型のひとつとして、研究者・支援者の間で広く使われるようになっています。

「教育熱心」との違いは、子ども本人の気持ちや状態が尊重されているかどうかです。子どもが自ら学びたいと感じ、挑戦を楽しんでいるならば、それは健全な教育的関わりと言えるでしょう。一方、拒否できない状況で学習を強要され、成績や結果によって親の愛情が変化すると感じているならば、「虐待」の域に近づいている可能性があります。

「親の愛情」が、なぜ教育虐待につながるのか

教育虐待は、「子どもを傷つけたい」という意図から生まれるものではなく、多くの場合、親の愛情や子育ての不安が適切に扱われないまま、子どもへの関わりとして現れることで生じます。背景には、親自身の価値観や経験が子どもに投影される構造があります。

教育虐待につながる3つの背景

【1】親が、自分の生い立ちと子どもとを重ねている

「自分が果たせなかった夢を子どもに実現してほしい」という想いが、子どもへの期待や要求として表れることがあります。親子は近しい関係であるため、「自分」と「子ども」の境界線が曖昧になりやすく、子どもの意思と親の願望が混同されているケースも見られます

【2】成績が子の将来の「安心材料」になっている

「良い成績=将来の安心」という図式が無意識に成立すると、成績が下がることへの不安が親の焦りへと変わります。子どもの状態そのものより、数字や結果が優先される関わりは、子どもに「成績がよくないと愛されない」というメッセージとして伝わる可能性があります。

【3】子ども自身が選択できない状態になっている

「やりたくない」といった意思を表明できない状況は、心理的な負荷が高まっているサインの一つです。子どもが声を上げないのは納得しているからではなく、声を上げることを学習的に諦め、関係性の中で「選択できない」状態に置かれている可能性があります

見逃してはいけない「子どもの変化」は?

「勉強を頑張らせているだけ」と感じていても、子どもの心には少しずつ変化が起きています。以下のような変化は、心理的な負荷が高まっているサインである可能性があります。

【チェックリスト】子どもに見られる危険信号

□表情が乏しくなり、笑顔が減る
□「疲れた」「やりたくない」という言葉が増える
□成績の話をすると黙り込む、または激しく拒否する
□身体症状(頭痛・腹痛・不眠)が繰り返し現れる
□学校や塾を休みがちになる
□周囲の目を気にしながら行動するようになる

【事例1】中学受験後に引きこもりになったケース

 小学校低学年から進学塾に通い、週6日の学習スケジュールをこなしていたA(中学生)。第一志望校に合格したものの、入学後まもなく登校を拒否するように。相談室での聴き取りの中で、「ずっと休みたかったけど言えなかった。もう何も頑張れない」という言葉が出る。受験という目標が消えたとき、長年の緊張の糸が一気に切れてしまった。

【事例2】習い事の強制が親子関係の断絶につながったケース

 幼少期から複数の習い事を親主導で続けてきたB(高校生)。「どれも自分で選んでいない」という感覚が積み重なり、高校入学後に「親とは話したくない」と家族との会話を拒むように。成績は良好だったが、その裏で「自分は親の期待を満たすための道具だった」という語りが見られた。

「子どもの将来とどう関わるか」を見直す

上記のような臨床の現場で感じるのは、「心の境界線が曖昧な関わり」が増えているということです。愛情があるからこそ、「子どものために」が「子どもを通じた自分の安心のために」へと変化してしまうことがあります。関係性が近いほど境界線は曖昧になりやすく、親子関係はその典型です。

教育虐待という言葉を用いていますが、勉強させること自体を否定するものではありません。大切なのは、「子どもの将来とどう関わるか」を見直すことです。

子どもの未来を願う気持ちは自然なものですが、「追い詰める」「選択肢を奪う」「成績で評価する」といった関わり方には注意が必要です。「心の境界線」は、親子がそれぞれの人生を生きるための土台です。適切な距離があることで、子どもは「自分で選んだ」という感覚を持ち、それが自己肯定感につながっていきます。

親子の「心の境界線」 3つのポイント 

【1】本人の気持ちを起点にする

成績や進路の話の前に、今の子どもの状態を確認する習慣が、関係性の安全基地をつくります。「どうしたい?」「今、しんどくない?」といった問いかけを通じて、子どもが「この人には話してもいい」と感じられる関係性を築くことが、その後の対話の前提となります。

【2】対話を重ねることを大切に

子どもは成長の過程で、自分の意見を持ち、他者とすり合わせる力を身につけていきます。親が方向性を示すことはあっても、一方的に決めるのではなく、「どう考える?」と問いながら対話を重ねられる関係こそが、子どもの成長を支え、社会に出てからの必要な力を育てます。

【3】納得に向けて関わり続ける姿勢を持つ

たとえ結論が出なくても、「話し合おうとした」「親は私の話を聞こうとしている」という体験そのものが、子どもの心に安心感をもたらします。「納得いく答えが見つかるまで、一緒に考えていこう」という姿勢が、長期的な親子の信頼関係を支える土台になります。

不安や迷いを感じたときには第三者を頼って

シンプルに、「子どもをひとりの人として捉える」ことが、教育虐待を防ぐうえで最も重要な視点です。

愛情の注ぎ方に正解があるわけではなく、多くの親が試行錯誤しながら子育てに向き合っています。その中で不安や迷いを感じたときには、一人で抱え込まず、第三者に言葉にすることが、関わりを見直すきっかけとなります。

学校のスクールカウンセラーや地域の相談窓口、信頼できる専門家は、そのための存在です。自分の気持ちを外に出すことで生まれる余白が、子どもを「結果」ではなく「その子自身」として捉える視点につながり、よりよい関係性を築く土台になると考えます。