「自分は後回し」と諦めていた小5長男…静かに閉まった子ども部屋のドアが、母に気づかせた孤独な本音
元公立学校教員として多くの子どもたちと向き合い、現在は一般社団法人日本未来教育研究機構代表理事を務める熱海康太氏は、「大丈夫に見える子どもの内側に、大丈夫でないものが積み重なっていることがある」と語ります。
体の弱い弟に手がかかる中、「できた子」として振る舞い続けた小5の長男が見せた小さなSOSに、母親がようやく気づいた夜の話です。(写真はすべてイメージです)
「できた子」が助けを求められない理由
小学5年生のタクミ(仮名)には、2歳下の弟がいる。弟のショウ(仮名)は生まれつき体が弱く、小さな頃から通院が続いていた。母親の恵子さん(仮名)はショウに手がかかることを、タクミもわかっているだろうと思っていた。
タクミ自身も「ショウのことは大事だから」と言っていたし、弟に優しくしていた。文句を言ったことも、「自分だって」と訴えたこともなかった。恵子さんはそのタクミを、「できた子だ」と思っていた。
タクミの優しさは本物だった。ショウが病院に行く日、タクミは「行ってきてね、早く帰ってきて」と言った。ショウが体調を崩しているときは、音を立てないように気を使っていた。誰に言われたわけでもなく、自分で判断して行動していた。だからこそ、恵子さんはタクミの内側にあるものに、長い間気づけなかった。
「できた子」は、助けを求めることが難しい立場にいる。文句を言わず、我慢して、弟のことも大事にする。その像に自分を合わせてきたとしたら、「寂しい」「かまってほしい」という気持ちは、その像と矛盾する。矛盾する気持ちは、言葉になる前に飲み込まれる。飲み込まれた気持ちは、どこかで別の形で出てくる。
母親が気づいた「見えないSOSのサイン」
ある日、恵子さんはタクミの部屋のドアが最近ずっと閉まっていることに気づいた。前は開けっ放しのことが多かったのに。夕食のときも、以前より口数が減っていた。