「さんま」と「みんな」の“ん”は違う発音!? 日本語を知ると英語が上達する理由【ゆる英語子育て③】

大井ミサコ
2026.10.01 10:33 2026.10.01 11:50

ん?

「さんま」と「みんな」の“ん”は、発音が違うって知っていますか?
実は日本語の音を意識すると、英語の発音もぐっとわかりやすくなるのだそう。

アメリカ人の夫と4人の子どもたちと日本で暮らすライター・大井ミサコさんが、日本語と英語の発音の秘密を解説します。

パンケーキのパンは食べ物にあらず

パンケーキ

土曜の朝は、パンケーキにすることが多い。卵を3個、粉は5カップも使ってボウルいっぱいにタネを作り、フライパンで次々焼いていく。子どもが4人もいると、薄いパンケーキは焼きあがるそばからみるみるうちに消えていく。6歳の長男が、ため息交じりにこう言った。「パンケーキって、パンなのに食べた気がしない。すぐになくなっちゃうもん」

パンケーキのパンは、食べ物のパン(フランス語のpain)ではない。平たい鍋(英語のpan)のことだ。平鍋というより、フライパンのパンといったほうが子どもには伝わりやすい。フライパンで焼くケーキだからパンケーキなんだよというと、6歳児は目を丸くしていた。英語がよくできる9歳の長女も、言われてみればbread-cakeではなくpan-cakeなのだから食べ物のパンであるはずがないよねと納得していた。かくいう私も、子どものときは我が子たちと同じ勘違いをしていた。日本語だとpanもpainも同じ表記・発音だから、区別がつかないのは無理もない。だいたいパンとパンケーキが、概念として近すぎるのだが。

日本語の音は、母音が5つ(あ・い・う・え・お)と、子音が16(数え方によるがだいたいこのくらい)でできている。これはフランス語や英語と比べるとだいぶ少ない。フランス語の母音は16~19、英語の母音は14~25、フランス語の子音は約20、英語の子音は約24だそうだ(数に幅があるのは、地域や方言で違いがあるから)。フランス語のパンは発音記号で表すと/pɛ̃/で、英語のパンは/pan/だが、どちらの母音も日本語では/a/になる。

他言語で区別する音を日本語では区別しない、という例は他にもたくさんある。pain⇔panは言語が違うから良い例にはならないけれど、たとえばrace⇔laceの区別がそうだ。レースカーやボートレースの「レース」は、ドレスやショールにあしらわれている生地の「レース」とはまるで違う単語だけど、日本語だとどちらも「レース」と表記・発音される。bat(野球のバットまたはコウモリ)⇔butt(お尻)なんかも間違えるとえらいことになるが、どちらも「バット」。他にもthrow(投げる)⇔slow(遅い)、Mac(Apple社製のコンピュータ)⇔ muck(泥)など、母音・子音にかかわらず、日本語で区別しない音はたくさんある。

日本語の「ん」は6種類ある

考える女の子

なんだかがっかり、他言語と比べると日本語の音ってずいぶん単純なんだな……と気を落とさないでいただきたい(別に落としていないかもしれないが)。日本語にも複雑な区別をする音がある。それが「ん」である。表記上は一種類しかないが、音声上「ん」は6種類も存在するのである。日本語話者は、それを規則に従って使い分けている。発音記号と共に規則を示すと、以下のようになる。

1, [m] マ行、バ行、パ行の直前にある「ん」。
例は「さんま」「船場」「テンペラ」

2, [n] タ行、ダ行、ナ行、ラ行の直前にある「ん」。
例は「みんな」「暖炉」「センター」

3, [ɲ̟] チ、ヂ、ニの直前にある「ん」。
例は「こんにゃく」「新宿」「ヌンチャク」

4, [ŋ] カ行、ガ行の直前にある「ん」。
例は「まんが」「天気」「シンゴジラ」

5, [ɴ] 語末、文末の「ん」。
例は「おかん」「茶碗」「ガウン」

6, [ʋ̟̃] ア行、サ行、ハ行、ヤ行、ワ行の直前。
例は「ぱんや」「単位」「アンソロジー」

つまり、「パン」のンと、「パンケーキ」のンは、違う音なのだ。「あんぱん」や「新聞販売店」や「マンドリンコンサート」など、一語に複数「ん」が含まれていてそれぞれ違う音を取っていることも多々ある。そんなの、みんな意識して発音しているだろうか?

私は、まったく意識していなかった。アメリカ生まれの英語母語話者である夫に、「日本語の『ん』は本当に難しい。日本人は発音し分けていてすごい」と言われて初めて気づいたのだ。英語は特に[m][n] [ŋ]を明確に使い分けるし、[ɴ]の音は存在しないしで「ん」を聞き分ける力が日本語母語話者の私より高かったのだろう。

正直、「ん」の音については、「ん」一文字だけでは荷が重すぎるのではないかと思う。6種類もの音を一文字に代表させるなんて。「い」「え」に吸収されてしまった「ゐ」「ゑ」のような旧字体が「ん」にもあったのかと思ったが、そうでもないらしい。今からでももう1~2種類くらい、別の字体を作ってもよさそうなものだけど。

日本語の解像度が高まると英語もうまくなる?

本を読む子ども

長々説明されたけど、「ん」の違いなんて知らなくても今まで問題なく会話できてきたし、日本語母語話者として今更区別を知る必要があるか? と疑問のかたもいるだろう。確かに知らなくても日本語は話せる。話せるけれど、6種類の違いを知っていると英語の発音にも役立つのだ。

上で述べたように、英語は[m][n] [ŋ]の音をそれぞれ明確に区別する。たとえばthumb(親指)、thin(薄い)、thing(物)の3種類は、語末の発音 [m][n] [ŋ]をはっきり区別しないと相手に伝わらない。カタカナで「サム」「シン(スィン)」「シング」などと表すだけではなかなか理解できないこの発音の違いが、日本語の「ん」を使うことで区別できるようになるのである。

たとえばthumbの語末は、「さんま」と言うつもりで、「ん」で止める。「ま」を発音する直前の「ん」である。thinの語末は、「みんな」と言うつもりで止めたときの「ん」。thingの語末は、「まんが」と言うつもりで止めたときの「ん」。決してカタカナの「ング」ではない。こう考えると、英語の [m][n] [ŋ]もうまく発音し分けることができるのではないだろうか。

日本語に存在しない音も、存在する音も、存在するけれど意識していない音も、知れば知るほど役に立つ。日本語も英語も音声言語だから、音の解像度を上げることは、言語の理解度を上げることにもつながる。音を正しく発音できることは、流暢さはもちろんだけど、それ以前の正確さに影響する。日本語母語話者の耳には同じに聞こえても、英語話者はまったく別の音として区別しているものがたくさんあるからだ。私なんか、 bat(コウモリ)のつもりでbutt(お尻)と言ってしまい、何度夫やバイリンガル娘に笑われたことか。またお子さんに、「パンケーキってパンほどお腹にたまらないのになんでパンケーキなの?」と言われたときにpainとpanの違いを発音し分けることができれば、説明の説得力が増すこと請け合いである。

大井ミサコ

大井ミサコ

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1986年長野県生まれ。大阪大学文学部卒業(専攻は英語学)。書籍編集者を経て、現在はライター・翻訳業に従事。夫と4人の子どもと共に長野県在住。