人間の祖先は恐竜をナメていた? 小さきケモノが白亜紀を疾走する「異色の絵本」制作秘話
『クジラがしんだら』(童心社)などで、命の営みを鮮やかに描いてきた絵本作家のかわさきしゅんいちさん。新作の絵本『よるのはくあき』(PHP研究所)は、恐竜が寝静まる夜の世界を、小さな哺乳類の「ケモノ」が冒険する物語です。
画面を圧倒するほど巨大に描かれた恐竜たちのなか、時に見失いそうになるほど小さく描かれる主人公のケモノ。「白亜紀が舞台なのに、主人公は小さな哺乳類」という、異色の物語はどのようにして生まれたのでしょうか?
かわさきさんにたっぷり語っていただきました。
恐竜の「埒外な大きさ」へのあこがれ
―たくさんの生き物の絵を描いてこられたかわさきさんですが、なかでも恐竜についてはどんな思いがありますか?
昔から、巨大なものが現れる物語が好きでした。
ダイアナ・ウィン・ジョーンズの『呪われた首輪の物語』では、主人公の住む霧深い湿地が巨人の住処と隣接していて、霧の向こうからは彼らの戦う轟音が響いてきます。
ゴジラも、まさにあの巨大さが、「人間の力ではどうしようもできない理不尽」の比喩として機能しています。
そうした「自分が認識しきれない大きな存在」というものに、昔からとてもわくわくするんです。
―恐竜もまさにそうですね。
大きなものはちょっとしたビルのようなサイズになってきますよね。
もし実際にティラノサウルスに会うことができれば、「思っていたよりずっと大きい」となるはずです。
そんな恐竜の「埒外な大きさ」が伝わるような絵本が作れたら面白いなと、ずっと思っていました。
―新作の『よるのはくあき』は、まさに「埒外な大きさ」が実感できる絵本だと感じます。小さな哺乳類の「ケモノ」の目線で進む物語は、どのように生まれたのでしょうか。
『よるのはくあき』は、最初は単純に、ケモノが恐竜から隠れる話でした。
隠れることで安全を確保し、小さな恐竜相手に「これなら慌てる必要もなかったな」と油断したそのとき、さらに大きな恐竜たちが次々と集まってきます。そしてケモノは、ますます身動きが取れなくなっていく……そんなお話です。
かくれていれば、とりあえず大丈夫。でも本当に安全かどうかは、最後までわかりません。それはそれでおもしろいけど、もう1層物語に何かを足したいと思っていました。
そんな思いで落書きをしていると、夜眠っているティラノサウルスのすぐそばで、小さなケモノがこそこそと身をひそめている絵が浮かんできて。「これだ」と思ったんです。
夜は子どもにとって「知らない世界」
―恐竜の絵本は数多くありますが、「夜」を舞台にした作品は珍しい印象があります。あえて夜を舞台にした理由や、そこに込めた想いを教えてください。
ぼくは虫捕り少年だったので、クワガタムシを探しに、よく夜の森に遊びに行っていました。当時の懐中電灯は白熱球だったので、そんなに明るくありません。
照らされている範囲はまだいいんですけど、その外側は完全に真っ暗で、何も見えません。怖いので、なるべく真っ暗な外は見ないようにします。おばけとか、見えそうなんで。
そういう探検は、ちょっと怖いんですけど、同じくらいわくわくするんです。「こわいけど、気になる。」「どんな虫がいるんだろう。」そういう経験は、大人になってからも心のどこかに残るんです。そういうものを描きたいと思いました。
夜中って、本来子どもからしたら「知らない世界」ですよね。未知の何かがありそうな気がする。気になるけど、こわい。こわいけど、気になる。
ケモノは、そんな子どもたちの代わりに、夜の森を歩きます。もちろん、夜中なんで、大人もみんな寝ています。だれか起きてたら、まあ怒られますよね。「何時だと思ってるの!」って。『よるのはくあき』は、そういう話です。
知らない世界がどうなっているのか、いろいろ想像を巡らせてほしいです。「恐竜がいるってどんな感じなんだろう」「夜中って、どんな世界なんだろう」って。そうやって想像している時間が、むしろ一番楽しいかもしれません。
科学と想像のあいだの物語
―ストーリーはどのように生まれたのでしょうか?
夜の森の中に恐竜がいたらこわいですよね。どんな感じかな、と何枚か絵を起こしていくうちに、「そういえばラプトルの仲間は夜行性かもしれない、という仮説があったな」と思い出して。じゃあ、そいつらに見つかって大騒ぎさせよう、と。
夜中に騒げば怒られるのがこの世界なので、それはティラノサウルスにやってもらおう。
逃げるなら木の上……いや、ティラノサウルスよりもっと大きな恐竜の上がいい。
そんなふうに、自分の中で描きたいシーンを、連想ゲームのようにつなげて話を作っていきました。
―物語の中で、恐竜の「寝ている姿」がたくさん登場するのが印象的でした。図鑑などでもあまり見かけない姿ですよね。
「寝ている恐竜ってどんな姿勢なんだろう? 睡眠時間はどのくらいかな?」といったことも、自分なりにいろいろ調べてみたり、恐竜や古生物の専門家の方に伺ってみたりしました。
ただ、はっきりしたエビデンスのようなものはほとんどないようで、その点は少し困りました。なので、わからない部分は想像をふくらませて描いています。
たとえば、作中でオルニトミムスが、集団で眠る姿が登場しますが、実際は深い眠りはとらず、何匹かは見張りで起きていたかもしれません。
ただ、全部を想像で描いているわけではありません。
たとえばこの絵本の舞台の森は、北米のヘルクリーク層と呼ばれる地層がモデルになっています。なので出てくる動物はもちろん、じつは樹木なんかもそこで出てくる化石を元に描いています。
ラプトルも映画で有名なあのヴェロキラプトルではありません。あれはもっと乾燥した場所にいたそうで、絵本に出てくるのはアケロラプトルという森や湿原に住んでいたとされるラプトルのなかまです。
―主人公のケモノは、実在した生き物なのでしょうか?
実は、この絵本でいちばん根拠なく描かれているのは、主人公のケモノです。彼はどうも、ぼくたち人間のご先祖らしいのですが、そんな化石はこの世界のどこにも見つかっていません。
人間の祖先はこういった小さな哺乳類だと言われていますが、本当に直系のご先祖だったかどうかは、誰にも断言することができないんです。
白亜紀の北米には、一応、木登りのうまいネズミのような、リスのような、「プルガトリウス」という古生物がいたのではないかとは言われています。ただ、絵本に登場するケモノほどお調子者だったかどうかはわかりません。
なので、この絵本はいわゆる科学絵本ではありません。しいていえばサイエンス・フィクション。……まあ、普通の物語絵本として楽しんでいただけたらうれしいです。
これまでの作品との違いは「感情」
―これまでのかわさきさんの絵本作品を振り返って、『よるのはくあき』との共通点や、本作で新たに挑戦されたことがあれば教えてください。
『よるのはくあき』と一番似ているのは、同じく作絵を担当した、デビュー作の『うみがめぐり』(仮説社)という絵本です。
浜辺で生まれたウミガメたちが、海を旅しながら、どんどん食べられていく。でもそれも海の命のめぐりなんだ、というお話でした。
ここに出てくる生き物たちは、何を考えているのかよくわからない顔をしています。海で出会う魚も実際そんな感じで、愛嬌があるような、少しこわいような、淡白な面構えをしています。
狙われるウミガメの視点を描いているからでもあり、ウミガメを狙う生き物たちの感情的な要素には主眼を置いていないからでもあります。
江口絵理先生が文を書かれた『クジラがしんだら』(童心社)は、真っ暗な深海が舞台なのですが、登場する生き物たちはにぎやかです。
生き物たちは、やはり何を考えているかわからない顔ではあります。しかし、食べ物の乏しい深海に、突然クジラという「食べつくしても食べきれないごちそう」が降ってきたわけですから、気持ちどこか嬉しそうです。ぼくがそんな気持ちで描いたからそうなったんでしょう。
『よるのはくあき』では、登場する生き物が何を考えてるのか、なんとなくわかりそうな顔をしています。この絵本の主眼は、キャラクターそれぞれの感情にあるからです。
ケモノはじょじょに恐竜に対して慢心していきますが、じつは最初から恐竜たちを「あいつら」呼ばわりしていてどこかナメています。そしてラプトルも、ケモノのことをナメています。「さて、どう遊んでやろうかな」といった具合です。
そして、ケモノもラプトルも、本当に怖い大きな恐竜のことを忘れています。最後の展開は、因果応報です。よくある話ですね。
ドキュメンタリーも好きですが、共感できるキャラクターや物語作りを目指したのが今回だったのかなと思います。うまくできているといいのですが…!

かわさきしゅんいち (作・絵) 木村由莉(監修)『よるのはくあき』(PHP研究所)
とっぷりと日がくれて、“はくあき”の夜がやってきた。1匹のちいさなケモノが目をさます。
「夜はおはよう。ぼくだけおはよう」
恐竜たちが寝ている間、たべもの探しに森の中。
真っ暗な世界、おそろしい恐竜たちは、寝息を立てながら夢の中。
おやすみ、トリケラトプス。おやすみ、ティラノサウルス。
おやすみで、いいんだよね……?
講談社絵本賞などを受賞した『クジラがしんだら』(文:江口絵理、童心社)や『ゆびでたどる進化の絵本』(文・監修:三上智之、KADOKAWA)、国立科学博物館「大絶滅展」のキービジュアルなどで注目の、かわさきしゅんいち氏による最新作!

































