宿題のプリントに「学校つまらない」と書いていた小5息子…母親が「見た」と言わずに選んだ対応
元公立学校教員として多くの子どもたちと向き合い、現在は一般社団法人日本未来教育研究機構代表理事を務める熱海康太氏は、「子どもが書いた言葉は、言えなかった気持ちの代わりであることがある」と語ります。
宿題のプリントに「学校つまらない」と書いていた小5の息子を持つ母親が、その言葉を問題として扱わずに聞き続けたことで、息子が自分から話し始めるまでを追います。(写真はすべてイメージです)
偶然見てしまったプリントの言葉
小学5年生のユウトが書いたプリントを、母親の真由美さんは偶然見てしまいました。国語の感想文の宿題プリントで、「学校についてどう思うか自由に書きましょう」という欄に、ユウトは「学校はつまらない。早く終わればいいと思う」と書いていました。提出用のプリントではなく、下書きとして使っていたものでした。
真由美さんは最初、どう対応すべきか迷いました。「見た」と言うべきか、見なかったふりをするべきか。見たと言ったら「なんで見たの」と怒られるかもしれない。でも見なかったふりをして、ユウトの気持ちを見過ごすのも違う気がしました。
その夜、真由美さんはユウトに「学校、最近どんな感じ?」と聞きました。ユウトは「別に普通」と返しました。「楽しい?」と聞くと「まあ…」と曖昧な答えが返ってきました。プリントのことは言わずに、ユウトの言葉を待ちました。しばらくして「なんか、授業がずっと同じ感じで眠い」と言いました。
「学校つまらない」の意味を急いで解釈しない
子どもが「学校つまらない」と書いたり言ったりするとき、親はすぐに「何か問題があるのでは」と結びつけようとします。いじめ、不登校の予兆、勉強への苦手意識、さまざまな可能性が頭に浮かぶのは当然です。しかしその言葉が指しているものは、実際にはかなり幅広いものです。