修学旅行が「楽しみじゃない」小6息子…母親が「問題のサイン」として扱わなかった理由
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元公立学校教員として多くの子どもたちと向き合い、現在は一般社団法人日本未来教育研究機構代表理事を務める熱海康太氏は、「『楽しみがない』という言葉は問題のサインではなく、その子の正直な自己認識からの答えであることがある」と語ります。
修学旅行のしおりに「楽しみなこと:とくになし」と書いていた小6の息子に、母親が「楽しみ?」ではなく「どんな気持ちになりそう?」と聞いた日、本音が見えてきました。(写真はすべてイメージです)
しおりの「とくになし」を見つけてしまった
小学6年生の修学旅行前、しおりを作る授業で「楽しみなこと」という欄がありました。シュウ(仮名)は「とくになし」と書きました。母親の早苗さん(仮名)がランドセルの中のしおりをたまたま見て、その欄を見つけました。
最初、早苗さんは「え」と思いました。修学旅行は楽しみなものだ、という前提が揺らいだのです。不安なのか、嫌なのか、友達との関係に何かあるのか、頭の中でいくつもの仮説が浮かびました。「この子は大丈夫なのか」という漠然とした不安も出てきました。
早苗さんはその日の夕食後、シュウに「修学旅行、楽しみ?」と聞きました。シュウは「まあ普通」と答えました。「しおりに、楽しみなことって書く欄があったじゃない」と続けると、シュウは「見たの?」と少し驚いた顔をしました。「ごめん、たまたま。とくになしって書いてたね」。シュウは「うん」とだけ答えて、少し黙りました。「嫌なの、修学旅行?」と聞くと「嫌じゃないけど、別に楽しみっていう感じでもない」と言いました。
「楽しみなことがない」の裏にあるもの
「楽しみなことがない」という感覚は、子どもにとっていくつかの異なる状態から来る可能性があります。まず、期待することへの防衛として、あらかじめ期待を持たないようにしているケースがあります。「楽しみにしていたのに楽しくなかった」という落差の経験を避けようとする心の動きです。
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