働く母親の罪悪感…「仕事だもんね」とつぶやいた小3息子との1時間が教えてくれたこと

元公立学校教員として多くの子どもたちと向き合い、現在は一般社団法人日本未来教育研究機構代表理事を務める熱海康太氏は、「一緒にいる時間の『量』よりも、『質』のほうが子どもの記憶と感情には残りやすい」と語ります。
「お母さん、来週も仕事だもんね」と静かにつぶやいた小3の息子に、母親が次の休日に選んだのは、特別な予定ではなく1時間の図鑑タイムでした。(写真はすべてイメージです)
「仕事だもんね」という静かな一言
8月の午後、リビングのソファにタブレットを持って寝転んでいた小学3年生のコウタ(仮名)が、ふと顔を上げて言いました。「今日、プール行きたかったな」。キッチンで洗い物をしていた母親の奈緒さん(仮名)は、「じゃあ来週行こうか」と返しました。
コウタは少し間を置いてから「でもお母さん、来週も仕事だもんね」とつぶやきました。責める言い方ではありませんでした。ただ、事実を確認するような、静かな一言でした。
奈緒さんは手を止めました。「仕事だもんね」という言葉が、胸に刺さりました。怒っているわけでもなく、泣いているわけでもありません。それがかえって、言葉の重さを増していました。「ごめんね」と言いかけて、止まりました。謝ることが正しいのか、自分でもわからなくなっていたからです。
理解できるようになったからこそ、言えなくなること
発達心理学の観点から見ると、小学校中学年ごろの子どもは、親の事情を理解しようとする力が急速に育つ時期でもあります。低学年のころは「なんで来てくれないの」と直接的に不満をぶつけていた子どもが、この時期になると「仕事だから仕方ない」という大人の論理を自分の中に取り込み始めます。
これは子どもの成長の証でもありますが、同時に、






























