「知らないうちに奴隷にされていた!?」高橋是清の逆転人生

本郷和人(監修)、小豆だるま(イラスト)、 東滋実(執筆)

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「失敗しない子になってほしい」と願う親御さんは多いことでしょう。でも、本当に大切なのは、失敗しないことではなく、そこから立ち上がる力なのかもしれません。

アメリカ留学中、だまされて奴隷として働かされるという信じられない経験をした高橋是清は、その後の人生でも何度も失敗を重ねました。それでも日本を代表する政治家へと成長した是清の人生から、子どもに伝えたいこととは?

※本記事は本郷和人監修、 小豆だるまイラスト、 東滋実執筆『日本史の詰んだ人図鑑』(サンクチュアリ出版)より一部抜粋、編集したものです。

高橋是清のプロフィール

別名:だるまさん
経歴:アメリカ留学中に奴隷同然で売られるも勉学にはげみ、官僚・政治家として活躍。第20代内閣総理大臣。昭和大恐慌から経済を立て直した。
時代:明治時代〜昭和時代
生没年:1854年〜1936年
出身地:東京
肩書き:政治家、財政家

留学先で知らないうちに奴隷にされていた!

第20代内閣総理大臣をつとめた高橋是清は、日本に黒船が来航したころに生まれました。仙台藩の足軽の家の養子として育ち、藩の命令でおさないころから英語を学んだ是清は、14歳のときにアメリカ留学を命じられます。

是清はアメリカでホームステイをしながら勉強していましたが、あるときからべつの家にうつることになりました。

そこは広い牧場のあるお金持ちの家で、牛や馬の世話、薪割り、家事の手伝いなどをしながら、英語を教わって生活しました。

ある日、是清はその家で働く召使いのひとりと仕事のことで、はげしい言い争いになりました。ケンカ相手と一緒にすごすのがイヤでたまらなくなった是清は、「ここから出ていきます!」と宣言。

ところがその直後、家の主人から耳をうたがうような衝撃的なセリフを聞くことになったのです。「お前は出ていくことはできない。3年間ここで働く約束をしたじゃないか。奴隷契約書にサインしただろう?」。

思いもよらない言葉に是清はがく然とします。たしかに、最初のホームステイ先からうつるとき、是清は言われるままにある書類にサインをしていました。

じつはそのとき、ホームステイ先の家族は是清をだまし、奴隷として売り渡していたのです。あまり英語が読めなかった是清は、それが奴隷契約書だということに気づかず、うっかりサイン。

それどころか、仲間にも大よろこびで「今よりいいところでくらせるぞ!」と自慢していました。

失敗をバネに大出世!日本経済を救う!

自分が奴隷として売られていたことを知った是清。驚くことに、奴隷として働かされていた間も「留学って大変なんだなぁ」と、自分が奴隷だとは1ミリも気づいていませんでした。ずいぶんとのん気なものです。

しかも、奴隷の事実を知って主人に抗議してなぐられたとき、はずみでオナラが出てしまった是清は恥ずかしくなり、怒りながらニッコリほほ笑んだそう。悲劇だかコメディだかわからない出来事です。

留学仲間の助けもあって奴隷契約は1年後に破棄され、晴れて自由の身となった是清は無事に帰国しました。

留学から帰国した後も、芸者遊びにハマって職を失ったり、うさんくさい投資詐欺に引っかかって破産したりと失敗続きの是清でしたが、日銀総裁(※日本の「お金の流れ」をコントロールする日本銀行のトップの人)の川田小一郎に拾われたのをきっかけにお金について猛勉強すると、メキメキ才能をのばします。

その能力を買われて大蔵大臣(現・財務大臣)を7回も経験し、総理大臣にもなりました。昭和の大不況時にはお金をたくさん刷って経済をうるおす積極財政を進め、日本の経済を立て直しました。

是清は人々から「ダルマさん」と呼ばれて親しまれました。それは丸々とした見た目からですが、何度失敗しても起きあがるポジティブなところもピッタリ。

アメリカでの過酷な奴隷生活も、是清にとってはただの苦労話ではなく、広い世界を見て、生きた英語を身につける経験になりました。

苦労の中で得た学びが彼の人生を動かし、日本の未来をも動かしたのです。

 

本郷和人監修、小豆だるまイラスト、 東滋実執筆『日本史の詰んだ人図鑑』(サンクチュアリ出版)

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