「学校に行けない=将来が不安」と思ったら。子どもに育てたい“人とつながる力”
「学校に行けないと、勉強が遅れてしまうのでは」と不安になる親は多いものです。しかし、社会で生きていくうえで大切なのは、学力だけではありません。人と関わり、困ったときに助けを求めたり、周囲と協力したりする力も欠かせないものです。不登校の時期に、子どもが外の世界とのつながりを失わないために、親が意識したいことを紹介します。
※本稿は、植木希恵 (著)『不登校・行き渋り…タイプ別でわかる 「学校に行きたくない」と言われたときの親のかかわり方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より一部抜粋、編集したものです。
社会で必要なのは、学力よりも人間関係構築力
外の世界とつながっていることが大事
学校は、働くための練習・養成機関という側面があります。そもそも学校がつくられたのは、産業革命後、同じ工場で同じように労働させるためという時代的な背景があります。
しかし、現代はみんなが同じように働かなければならないという強制力が弱まっています。学校に順応する必要性はあるものの、「学校でなければダメ」「学校が最適だ」という意識が薄まってきているのです。
また、子育てに関しても、子どもが嫌がることはさせないほうがいいという風潮が強くなってきて、親が子どもを無理やり学校に行かせようとしなくなってきています。ただ、その結果が全部自己責任になるのが厳しいところです。ここに、多くの親の戸惑いと迷いがあるように思います。
適応力がある程度高く、社会に合わせることができる人でないと、これからどんどん生きづらくなってしまうのかもしれません。「大きな流れから外れていくのは自由だけど、その後のリカバリーは自分で」という現在の状況では、ある程度選択肢を絞って強制的に学校に行かせたほうが、その子のためになることもあります。
世の中には、好きにさせておいてもどんどん自分でやっていけるタイプの子と、強制されるのは大嫌いだけど、強制されないと何もできないタイプの子がいます。
そのあたりの判断も保護者のみなさんに委ねられているので、不登校の子どもを抱えている方は、責任が重すぎて本当にしんどいと思います。
私は、親が権力を発揮する場面があってもいいと考えています。後々になって、「あのときはちょっと強制的だと思ったけど、そのおかげでなんとかなったから良かった」と子ども自身が言い出す日が来るかもしれません。ただ、それは振り返ったときに言えることでって、渦中にいるときは判断が難しいですよね。
正直なところ、それほど学力が高くなくても、人間関係構築力があれば、社会ではやっていけるところがあります。
学力があれば、学校に行かなくてもその子の道を見つけることができるかもしれませんが、難しそうだったら人間関係を築ける場所を常に持っておくことが大事です。
学力は1人でも身につけることができますが、人間関係を構築する力はコミュニティで人とかかわることでしか身につかないものです。
集団におけるコミュニケーションスキルがなく、フリーランスになるほど技術的なスキルがあるわけでもない。かといって、会社員として言われたことをやるのも難しいとなると、先々の選択肢が狭まってしまいます。
学校で言われたことをその通りにやる訓練をすることによって、できるようになることはたくさんあります。そう考えると、学校は行けるに越したことはないですし、学校ではなくてもどこかのコミュニティに所属しておく必要があります。
自分の意思で何かを決めることが苦手だったり、情報を広く集めることにあまり興味がなかったりする子は、自分だけの生活、自分だけの世界で十分だと感じてしまうかもしれません。
しかし、社会で自律・自立して生きていくためには、家族や社会のつながりによって、「あ〜、ちょっと面倒だけど行かないとな」とか、「あの人に会うことになってるしな」とか、自分だけの世界にこもりがちな人を外に押し出す力を継続的に与えることが大切です。
外に出ることを「そういうもの」として当たり前に捉えられるようになると、社会とつながり続けることができるようになります。時には多少強制的であったとしても、外の世界と継続的につながれるようになると、結果的に勉強や仕事などもとりあえずはやっていけるようになりますし、人に対する信頼感をこじらせずにすみます。
人生のどこかで、誰もがバウンダリーに向き合うことになる
私は不登校のお子さんや保護者の方と接する際、子どもが学校になじめるというより、社会になじめるようになることを目指しています。
もちろん、ストレスを減らしたり、環境を整えたりすることで学校に戻れるようであればそうすればいいと思いますが、どの子にとってもその道が最善とは言い切れません。
つまり、子どもが学校に行けないことが問題の本質ではないということです。
親が子どもを学校に戻すことに固執し、それまでの親子関係のズレが表面化して関係性がさらに悪化してしまうことのほうが問題なのです。
不登校は、人間関係のつくり方のエラーだという側面があります。親子間で社会的な人間関係をつくれるようになれば、子どもは外の世界でも人間関係を構築できるようになります。
たとえば、熱が出たといっても、その原因はさまざまですよね。同じように、症状として不登校という形で表に出たという話であって、要因は別にあるということです。その要因のひとつが人間関係のエラーだと考えます。
バウンダリー(自他境界ライン)は、人間関係の問題に対処する際に必要となる概念です。
子どもが不登校になると、子どもにかかわる人たちは必然的にバウンダリーの問題に向き合わざるを得なくなります。
人間は誰しもどこかの段階で、必ずバウンダリーの問題と向き合う必要があるのではないでしょうか。それが子ども時代の親との関係であることもあれば、友だち関係や恋愛関係のいざこざを機に向き合うこともあります。結婚してからの夫婦関係や義理の実家とのあれこれにまつわる問題として浮上してくることもあります。
それが、たまたま「子どもの不登校」という形で顕在化し、親子関係として向き合うことになったということなのです。
植木希恵(著)『不登校・行き渋り…タイプ別でわかる 「学校に行きたくない」と言われたときの親のかかわり方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
本当にその子に合った、不登校・行き渋りへの向き合い方がみつかる。
――予約の取れない「不登校・発達障害個別指導教師」が教える、親子がラクになる「こころの距離感」のつくり方。
