高校物理は6点で挫折!『やばい日本史』本郷和人先生が「苦手科目」があってもいいと語る理由
2018年に発売された『東大教授がおしえる やばい日本史』(ダイヤモンド社)。児童書でありながら、大人の読者も多い人気シリーズとなり、2019年には『東大名誉教授がおしえる やばい世界史』、2021年には『東大教授がおしえる さらに!やばい日本史』、2026年4月には『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』が発売され、シリーズ累計100万部を突破したそうです。
保育園の庭で「霊魂はどこへ行くんだろう」と考えていた
――本郷先生は東京大学を卒業後、東京大学史料編纂所の教授をされていましたが(2026年3月に退任され、現在は藤田医科大学特命教授・リベラルアーツセンター長)、幼少期はどのようなお子さんだったのでしょうか。
本郷:僕、友だちが一人もいなかったんです。
東京の下町・亀有というところで生まれ育ったんですが、当時の亀有は全体的にガラが悪かったんですよ。うちにはカラーテレビなどの電気製品や、めずらしいおもちゃがあるということで、近所の子どもたちが遊びに来ようとすると、一緒に住んでたおばあちゃんが「うちの子と遊んじゃいかん」って、みんな追い払っちゃったんです。
小さい頃から身体が弱くて、1歳過ぎたあたりで重度の喘息を患い、2回ほど死にかけました。そのせいか、生きることより「死ぬってなんだろう」っていうほうに興味関心がある子どもでした。
当時としては珍しく母親が働いていたので、おそらく2歳頃だと思いますが、保育園に預けられた僕は、園庭の丘に登って空を眺めながら「人が死んだら、霊魂はどこへ行くんだろう」などと話していたそうです。
友だちもいないし、大人に囲まれて育ったから、子どもらしい言葉遣いをしたことがなかった。本を読むのが好きだったせいか、3歳の頃にはお店の看板に書かれた漢字が読めていました。
すごく年寄りくさい子どもだったんですよ。
週5で塾、加えて習字にピアノ、絵画教室
――歴史は小さい頃からお好きだったんでしょうか。
本郷:歴史は大好きでしたね。人間の総体、つまり人間がどう生きてどう死ぬか、そこに興味がありました。
3歳のときに野口英世の伝記を読んで感動し、「彼のように世のため人のために生きたい」と思いました。僕のヒーローです。そのほかにも偉人伝をたくさん読んで歴史が好きになっていきました。
――ご両親からはどのような教育を受けられましたか?
本郷:僕が小学校1年生の時に弟ができたんですよ。
母親も弟を育てなきゃいけなくて、時間を作りたかったんじゃないですかね。僕は週5日の学習塾に加え、習字とピアノ、絵画教室に通い、習い事漬けの毎日でした。
――そんなに毎日!勉強イヤにならなかったんですか?
本郷:そこらへんが母親のうまいところで、僕ね、越境通学してたんですよ。千代田区にある麹町小学校という、名門と呼ばれる学校に1時間くらいかけて通いました。
で、学校行って帰ってくると、駅で母親が待っていて、ランドセルと引き換えに塾の道具を持たせてくれたんです。その時に母親が食堂に連れて行ってくれて、ご飯を食べさせてくれました。グラタンとか、餃子とか、クリームソーダとかね。それがおいしいから、ばくばく食べて僕はぷくぷく太っていく。まあ、ご飯を食べさせてくれるなら塾行くか、となるわけです。
「なんでもできる」は必要?
本郷:小学校のレベルではありませんでした。が、中学高校に進むにつれて、理数系がダメになりました。特に才能が必要なものはダメ。数Ⅰは才能いらないんですよ、手を動かせばいいから。だけど、数ⅡBとか才能が必要なのはムリ。行列とかダメだったな。それから物理が苦手でしたね。
高1の時に一度物理に立ち向かったんです。
「私は高1の1学期の中間テストで、全てのテスト勉強を物理に充てます!」ってみんなに宣誓して、「皆さん助けてください。僕が質問したら教えてください」って聞いて回って物理のテストを受けました。結果は6点でした。
――ああー…クラスメイトを巻き込んだのに…。
本郷:「本郷はダメだ」ってみんなに言われて、高2から教科を選択できるようになったので、物理は捨てました。そしたら成績がかなり良くなりました。物理が足を引っ張ってたんですね。
だからできない科目があってもいいんですよ。
――でも親としては「苦手科目から逃げちゃダメ!」って言いたくなります。
本郷:その理由は「将来の選択肢が広がるから」でしょ。それは、僕がいつも言うことなんだけど「自分ができないことを子どもに押しつけてはいけません!」
――うっ!痛いところを…!
本郷:ご両親は数学できましたか?物理できましたか?って聞きたいですね。うちの母親は有機化学の先生だったから、「私はこんな点数取ったことないわよ」って言われて、何も言い返せませんでしたけど(笑)
たまになんでもできる人がいますけどね。
私の武蔵高等学校の同級生に大津透先生っていう方がいるんです。当時、学校創立以来の秀才と言われていて、今で言う東大の理三なんかに確実に受かるだろうと言われた人ですが、選択肢が豊富にあるなかで、日本史を選択したんです。
傍で見たら、東大の日本史の教授がどれだけのブランドなのかは知らないですけど、結果として「日本の古代史の教授」という肩書でおしまいです。しかもあいつはメディアとかには全然出てないので、「学校創立以来の秀才」の割には大して金を稼いでないんじゃないですか。そんなものなんですよ。
同級生だったやつにはめちゃくちゃ偉くなったやつもいるわけです。
官公庁に勤めてお役人として偉くなった人もいるし、学者として偉くなった人もいる。すごいお金持ちになった人もいる。うまくいかなかったやつもいるわけです。
で、何十年ぶりに会って話をすると、「あいつあの時に早弁して怒られたよね」とか、あの頃はおもしろかったよね、みたいな昔話になる。ジジイになってくると、誰が偉くなったとかもうどうでもいいんですよ。人間いろいろあるもんね、っていう話で落ち着いちゃう。
でっかいことやるって言っても、同じ人間なので、本当に一人で偉業を成し遂げた人というのは、歴史を見てもそうそういないものです。やっぱりいろんな運があってなんとかなるわけで。だったら本人がやりたいことをやるほうが幸せだと思います。僕もこの道を選んで、今楽しいから、選択は間違ってなかったと思ってるし。
本郷先生の「すごい」と「やばい」は?
――『東大教授がおしえる やばい日本史』シリーズの特徴は、偉人たちの「すごい」部分とともに「やばい」面も紹介している点だと思うんですが、本郷先生の「すごい」と「やばい」を教えてください。
本郷:「すごい」は「歴史の知識がめちゃくちゃあること」。だからといってそれが直接大金に結びついたり、歴史研究者の同僚たちから評価されるってわけじゃないんですけどね。
「やばい」は「友だちがいないこと」!(笑)
でもこの本が売れたってことは、僕の仕事が歴史のおもしろさを伝えられたってことだから、僕を批判してきた人や、友だちになってくれなかった同僚たちに「ざまあみろ」と言いたいね。
まあ、こういうことを言っちゃうから友だちがいないんだろうけど(笑)
本郷和人監修,滝乃みわこ執筆,和田ラヂヲイラスト,横山了一マンガ『東大教授がおしえる やばい日本史』(ダイヤモンド社)
東大教授が、日本史の表と裏を教えます!
歴史を変えた人物の「すごい」と「やばい」を見てみれば日本の歴史がざっくり分かる!卑弥呼、聖徳太子、紫式部、織田信長、徳川家康、坂本龍馬、夏目漱石...日本のはじまり~現代までまるっと全部網羅しました。
本郷和人監修,滝乃みわこ執筆,和田ラヂヲイラスト,横山了一マンガ『東大教授がおしえる さらに! やばい日本史』(ダイヤモンド社)
「すごい」ばかりの人はいない。「やばい」もあるから、おもしろい!
アイドルと結婚してはしゃぐ中臣鎌足、言い寄る男を凍死させる小野小町、妻が信長をボコる明智光秀...など、日本史の偉人37人のエピソード。

本郷和人監修,滝乃みわこ執筆,和田ラヂヲイラスト,横山了一マンガ『東大教授がおしえる 超!やばい日本史』(ダイヤモンド社)
人は誰しも「やばい」一面を抱えており、むしろ「やばい」部分にこそ、その人らしさが宿っている!
妻に「うんこ」連発の手紙を送る豊臣秀吉、作家に大迷惑をかける編集者、蔦屋重三郎...そんな偉人の「すごい」と「やばい」を比べてみれば、ぐんと日本史がおもしろくなる!
































