なぜ東大生の親は「勉強しなさい」と言わないのか 子どもが自分で動き出す“質問の技術”

子どもに「勉強しなさい」と言っても、なかなか動かないのはよくあること。親の声かけが、むしろ子どものやる気を失わせてしまうことすらあります。では、東大生の親はこの難しい問題をどのように乗り越えていたのでしょうか。
東大生作家の西岡壱誠さんの著書より、子どもが自分で動き出す力を育てる親のかかわり方をご紹介します。
※本稿は、西岡壱誠 (著) 『怒りすぎたあとからでも始められる子どもの地頭が育つ後悔しない子育て』(総合法令出版)より一部抜粋、編集したものです。
子どもの人生は誰のもの?
子どもを子ども扱いせず、自分のことは自分で決められるように促していく必要がありますが、ただ放任しているだけではうまくいきません。自由にさせているだけでは子どもの視野は広がらず、可能性にも気づけないでしょう。
今までお伝えした通り、選択肢を広げるような経験を用意するのですが、それも強制的に行うわけにはいきません。
親が意識すべきなのは、「選択肢を広げるコミュニケーション」です。
押しつけや命令になってしまわないように、相手の意思を尊重し、子どもの選択肢を少しずつ広げていく。このバランスは、非常に難しいです。
では、東大生の子をもつ親はこの難しさを、どう乗り越えていたのでしょうか?
その解決策の一つが、質問で行う会話です。親が子どもの話をしっかりと聞き、対等な立場から「問い」を投げかけます。
勉強しない子どもに対して、「勉強しなさい」と言っても効果はあまり期待できません。上から目線の命令口調では、やらされる勉強になってしまうからです。
では、どうすればいいのか?
東大生の親は、命令ではなく語りかけていました。
質問の技術

「勉強しなくていいの?」
「宿題って、いつやる予定なの?」
「本当に大丈夫?」
このような問いを、強い口調ではなく日常会話のような調子で聞く。「歯、磨いた?」「お腹減ってない?」と同じように、感情的にならずに「宿題やった?」と子どもに聞くだけです。
ちょっとした言い方の違いだけで、子どもはどうすればいいか考えて、行動していきます。多くの場合、子どもは勉強しない理由を明確にもっているわけではありません。ただなんとなくやりたくないだけで、遊ぶことを選んでいます。
ですが、質問されたことで「あ、今日の宿題プリントまだやってなかったな」「そういえば、あの勉強やろうと思ってた」と、自分で気づく可能性が生まれます。それにより自分で判断して、机に向かうかもしれません。
仮に「勉強したくない理由」があり、反論してきたとしても、それが本当に筋の通った理由かどうかは質問を重ねることで、子どもの理由を崩すことができます。
「じゃあ、なんでやりたくないの?」
「それって本当に必要ないのかな?」
「やらないことで、どうなるかな?」
問いを重ねていくことで、子ども自身が「あれ、やっぱりやっておいたほうがいいのかも」と考え直すこともあります。単純な言葉で「やりなさい」と命じるのではなく、語りかけることで自分の行動の意味を考えてもらいます。これが思考力や判断力、主体性を育てることになります。
これは、将来の夢や進路に関しても同様です。
将来の夢や進路に「質問」で向き合う

「ユーチューバーになるから、勉強しなくていい!!」
「ゲームで食べていくから、学校は行かない!!」
「アーティストとして生きていくから、勉強なんて意味ない!!」
子どもに、このように言われたら、親としては誰でも不安になると思います。
私自身も学生の頃は、「いつかゲームの主人公のように自由に生きられたら」と本気で思っていた時期がありました。好きなゲームの世界に入り込んでいる時間だけは、現実のしんどさを忘れられたからだと思います。勉強も人間関係も思うようにいかず、現実よりもゲームの世界のほうが自分には合っているとさえ感じていました。そのため、勉強という現実から距離を取る発言をする子どもの気持ちも考えもわかります。
「そんなの無理に決まってるでしょ!!」
「現実を見なさい!!」
「一握りの才能がある人しかできないんだから、勉強しなさい!!」
「バカなこと言っているんじゃない!!」
ここで感情的になり、子どもの意見に対して大きな声で反論したり、正論をぶつけたりして否定してしまうと、子どもは心を閉ざします。「親に話しても、理解されない」「どうせ自分には才能がないから夢を追いかける資格がない」と、本音で語るのをあきらめてしまうのです。
これでは、子どもが本当に困ったときや悩んだときに、相談してくれる関係性を築くことは難しくなります。
しかし、このような状況でも東大生の親は冷静に質問を投げかけていました。
「どうして、そう思ったの?」
「それで生活するには、どれくらいの収入が必要なんだろう?」
「調べたうえでの判断?」
そうすると、子どもは「そういえば、調べてなかったな」「ああ、なんだか考えなしに、なんとなく言ってしまっていたかも」と自分で気づくことができる場合があります。もし、本当に目指しているのであれば、そこから自分で調べ直し、判断を更新していくようになります。
東大生のなかには、「親を説得できるくらいまで理由をしっかり考えて行動していたら、いろんなことがうまく選択できるようになった」と語る人もいました。
勉強の答えも勉強に向かう姿勢も将来の選択も、「親が教えてあげる」だけでは、子どもではなく親が主体になってしまいます。ずっと補助輪をつけて自転車に乗っていては、いつまでたっても補助輪なしで乗れるようにはなりません。同じように、ずっと答えを教えてあげていても、自分で考えて生きていけるようにはならないでしょう。
あえて補助輪を外して、親が後ろで支える。だけど何度か手を離して、自分で乗れるようにする。それが、質問の力です。
よく東大生は、「親に勉強しろと言われたことがなかった」と語ります。ですが、これは言われていなかったわけではありません。親の「質問」に誘導されることで、自分の判断で勉強しなければならないと考えるようになっただけです。
実際、私が東大生の家庭を調査したなかで、進路に関しては絶対に否定しない方針をもつ家庭が多く見られました。
親として受け入れがたい選択であっても、まずは「よく考えたんだね」と子どもの意思を尊重します。そのうえで、「実現するには、どんな準備がいるだろう?」「それはいつまでにやる必要があると思う?」といった問いを投げかけ、一緒に考えていきます。
その過程のなかで、仮にその道に困難があるとしても、親が指摘するのではなく、できる限り子ども自身で気づけるように問いかけます。「その道はやめなさい」ではなく、「この条件があるけど、それでも大丈夫かな?」と伝えることで、子どもが主体的に、自分の人生として責任をもって考えていけるのです。
西岡 壱誠 (著) 『怒りすぎたあとからでも始められる子どもの地頭が育つ後悔しない子育て』(総合法令出版)
子どもの個性や可能性、自己肯定感を奪わないために親にできること
もう、怒ったあとに落ち込まない
親子で地頭がよくなる子育ての思考法
「叱らない」「ほったらかす」「褒める」……子育ての正攻法に悩むすべての親へ。
罪悪感を抱いたら、この本を開いてみてください。































