子どもの不登校で親が苦しくなる理由。「子どもの問題」と「親の気持ち」を分ける方法

子どもが学校に行けないと、「何とかしてあげなければ」「親の関わり方が悪かったのでは」と、親自身が苦しんでしまうことがあります。しかし、子どもの気持ちや行動まで親がすべて背負う必要はありません。大切なのは、子どもの問題と親自身の感情を分けて考えること。不登校や行き渋りの子どもを支えるために知っておきたい、親子の適切な距離感「バウンダリー」の考え方を紹介します。
※本稿は、植木希恵 (著)『不登校・行き渋り…タイプ別でわかる 「学校に行きたくない」と言われたときの親のかかわり方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)より一部抜粋、編集したものです。
バウンダリーを引く練習をしてみる
まずは「目に入るもの」を分けてみる
バウンダリーという概念が今まで身近でなかった人ほど、バウンダリーを引くには練習が必要です。特に親子の間でバウンダリーを引くのは、最も難易度が高いといえるかもしれません。
そこで、自分と自分以外の人の間にバウンダリーがあることを意識するところから始めましょう。あらためて、じぶんゾーンにあるものを復習しておきます。
【じぶんゾーンにあるもの】
①体……五感として感じるもの、または体そのもの
②秘密……自分だけが知っていること、考えていることで、他人と共有したくないもの
③所有物……物理的な物はもちろん、時間、空間、お金も所有物にあたる
④感情・欲求・思考……頭の中で感じたり、考えたりすること。それらが反映された行動も含む
⑤人権……人として持っている基本的人権。嫌なことを断る権利など
まずは、目で見てわかりやすい「③所有物」を分けることからはじめてみます。
あなたがこの本を家の中で読んでいると仮定して話を進めますね。まず、自分の周りを見渡してみてください。そして、あなたの気に入らないものをいくつか見つけてみてください。
私の例を挙げます。私は今、ダイニングでこの原稿を書いているのですが、息子の使わなくなったメガネが、私の気に入らないものとしてパッと目に入りました。
次に、それに対してどんな考えが浮かんでくるかを観察してみます。私は、「捨て方を調べないと。でも、なんで私が片づけないといけないの?」という考えが浮かんできました。
ほとんどの方は、ここで同時に感情も生まれていることに気づくでしょう。私は息子に対しての怒りや、「自分で考えて動いてほしい」という気持ちを無視された悲しい気持ちが浮かんできました。
ここで、バウンダリーを意識してみましょう。息子の使わなくなったメガネは「③所有物」として息子のバウンダリー内にあります。ですから、そもそも「なんで私が?」と私が思っているということは、私は息子のバウンダリーを越えているのです。
こうやって、「それは誰のバウンダリー内にあるのか?」を意識すると、他者と自分のバウンダリーを分けることができるようになります。そうすると、次のアクションが決まってきます。
息子の使わなくなったメガネは、私のバウンダリー内にないので、勝手に捨てたり、お店でリサイクルしたりはしません。でも、視界からなくしたい。これは私のじぶんゾーンの中にある「④感情・欲求・思考」なので、なんとかしたいと考えます。
メガネは息子のバウンダリー内にあるものだと理解しつつ、「息子は、そもそも使わなくなったメガネを処分するという発想がないかもしれない」と思い至ります。だから、ここに気づいた私が次のアクションを起こさないと、ダイニングからメガネがなくなることはないという自覚が生まれます。
息子の使わなくなったメガネがダイニングにあるのが気に入らないのは私だから、その処分を引き受けようかな、という思いが湧いています。そして、「でも、今は息子が家にいないから、息子が帰ってきたときに話を持ちかけてみようかな」と考えます。
このような一連の思考と感情をたどっていくと、バウンダリーを意識すること、そして自分と他者のバウンダリーを分けることができます。面倒くさいですよね。でも、やっているとだんだん自然にできるようになります。
自分と他者のじぶんゾーンにあるものを分ける練習をしていくと、不用意に人に腹が立たなくなります。人のせいにしたり、人に期待したりすることが減り、結果的に自分を大切にできるようになります。
また、自分の頭の中にある思考や感情の解像度が上がり、それを自覚したうえで他者に働きかけたり、あえて何もしない選択をしたりすることができるようになります。主体的に動くことができ、自分自身の行動のバリエーションが増えます。
次に「目に見えないもの」を分けてみる

目に見えるものでバウンダリーを認識することに慣れてきたら、次は目に見えない「④感情・欲求・思考」を分ける練習をしてみましょう。
困ったことがあったりして、嫌な感情が湧いてきたとき、「これは私の気持ちなのかな?」と、それが自分のバウンダリーの内側にあるのか、外側にあるのかを立ち止まって考えてみます。
たとえば、子どもの機嫌がなかなか直らなかったとします。その原因が「お腹がすいた」などといった親のサポートが必要な生理的欲求でない限り、その子の機嫌はその子が自分で立て直すものと考えます。
「子どもが気持ちをなかなか切り替えられない」という相談を受けることも多いのですが、その子が気持ちを切り替えるのに必要な時間というものがあります。親の働きかけで子どもが気持ちを切り替えるのではなく、子どもが自分で気持ちを切り替えられるように、ただそばにいることが大切なのです。
子どもは、憤慨したり、すねたり、悲しんだりという行動を自分で選んでいます。それに対して「ほら、あめちゃんあげるよ」とか、「でも、〇〇じゃなくて良かったね」とか、無理に気持ちを切り替えて、良い気分にさせる必要はありません。
「嫌だったね」と感情を言語化して同意するだけでいいですし、子どもにとっては物理的にそばにいるだけで十分であり、共感の言葉すら必要ないのです。
気持ちを切り替えるのに時間がかかる子の場合は、よほど余裕のある大人でないと寄り添っていられませんよね。その場合は、親でなくても別の人がたまに寄り添うだけでもいいのです。すべてのタイミングで、いつも子どもに寄り添うのは難しいことです。
時間があるとき、余裕のある人に寄り添ってもらい、何度か自分の気持ちを大切にされたことがあれば、それが子どもにとって大切な経験になります。






























