「戦争で人を殺した子」は被害者なのか?戦争に巻き込まれた子ども兵士の現実
戦争や紛争の中では、誘拐や脅しによって、幼い子どもが「子ども兵士」にさせられることがあります。
自分の意思とは関係なく人を傷つけた子どもは、加害者なのでしょうか、それとも被害者なのでしょうか。
シエラレオネで元子ども兵の少年と出会った瀬谷ルミ子さん(平和活動を行うNGO団体・リアルズ理事長)の体験から、戦争が子どもたちに何をもたらすのか、親子で考えたい戦争の現実を紹介します。
※本稿は、瀬谷ルミ子 (著)『ノンフィクション 戦争は終わらない? 武装解除・紛争予防の現場から』(Gakken)より一部抜粋、編集したものです。
子ども兵士は加害者か、被害者か
両親を殺され孤児になった子どもと、十人を殺した子ども。手を差しのべられるべきなのは、どちらでしょう?
シエラレオネの滞在中に出会った十二歳の少年ミランは、村がおそわれたとき、反政府の武装勢力に連れ去られました。
「お前の父親の腕を切り落とせ。言うことをきけないなら、お前を殺す」
兵士たちにおどされ、こわくて仕方がなく、したがってしまったといいます。家族も、そのようすを目の前で見ていました。
「そのあとも、武装勢力から逃げられなかった。いろいろな村をおそい、たくさんの人を殺した。そのときのことは、思い出したくない」
ミランは暗い表情で言いました。シエラレオネにかぎらず、誘拐やおどし、貧しさが原因で、おさない子どもが都合のよい「兵士」にされることがあります。
子どもだから、おどしやすい。力が弱いから抵抗されにくい。相手に疑われにくい。薬物やお酒を飲まされ、銃を持たされ、村をおそってしまった八歳の男の子もいました。
私が訪れた当時、シエラレオネの子ども兵は、およそ七千人。大人の言いなりで真っ先に戦わされるので、命を落とす子もたくさんいました。
女の子も、武装勢力の兵士の食事の準備や身のまわりの世話を命じられたり、性暴力を受けたりします。逃げることもできません。
私は元子ども兵の支援センターをおとずれました。武装勢力からぬけだしたあと、ここで心のケアを受けながら、ふつうの生活にもどるための教育や訓練を受けます。ミランとはここで出会いました。
施設のスタッフが言いました。
「ミランが来てから三週間。最初は自分の名前も出身地もうそばかりついたわ。荷物検査をしたのに、武器をかくし持っていた子もいるの」
大人の兵士たちの中で生きのびるうちに、身を守る方法を身につけてきたのでしょう。でも、だんだんと安全な場所だとわかり、心を開いていきます。
「いま、算数の計算を勉強してるんだ」
ミランに簡単な足し算の問題を出すと、しっかり正解しました。得意げな笑顔を見せました。
「ここのくらしは好きなんだけど、長くいすぎると社会になじめなくなっちゃうから、もうすぐ出なきゃいけないんだって。家族にも、生まれた村の人たちからも『あんなひどいことをした子には、もどってきてほしくない』と言われた。だから、里親に引き取られることが決まったんだ」
「新しい家でうまくやっていけるか不安。でも、学校に行けるんだ。はじめてだから、楽しみ」
そう話すミランは、加害者であると同時に被害者でもありました。子こども兵のころ、泣くと罰をあたえられたため、悲しくてもなみだがほとんど出なくなったといいます。
「また、来られるの?」
そうたずねたミランは、他の子どもたちといっしょに、私が乗った車が見えなくなるまで
手をふっていました。

瀬谷ルミ子(著)『ノンフィクション 戦争は終わらない? 武装解除・紛争予防の現場から』(Gakken)
中東・アフリカで四半世紀にわたって活動を続ける瀬谷ルミ子さんの半生と活動を紹介する、児童向け読み物。現地の政治家や兵士、傷ついた地元民たちにどのように向き合い、平和を構築していったのか。武装解除、難民の退避支援、そして紛争の予防をどのように実現していくのかがわかる一冊です。
「いのる平和」から「つくる平和」に向かって、戦争を具体的に考え始めるためのノンフィクション。