「ウサギは一羽」になった明治の裏事情は? 動物の数え方に隠された人間の都合
子どもに「なんでウサギは一羽って数えるの?」と聞かれて、答えに詰まった経験のある方も多いのではないでしょうか。
実は、ウサギを「一羽」と数えるようになった背景には、明治時代に起きた狂気のブームと、そこに隠された人間の生々しい都合がありました。
ウサギの謎をはじめ、「羊は一頭?一匹?」など、動物の数え方には不思議がたくさん。
その面白さを、絵本『ぽんぴきぱいのぽん』(エンブックス)の作者であり、数え方研究の第一人者の飯田朝子先生に教えていただきました。
(取材・文:nobico編集部)
「一匹」と「一頭」の境目はどこ?
──個人的にずっと気になっていたのですが、動物を「一匹」と数えるか「一頭」と数えるか、その決定的な境目はどこにあるのでしょうか。
これも悩ましいですよね。よくクイズ番組などでも出題されるテーマです。私はこれがどうしてもモヤモヤしたので、以前に実験をして論文を書いたことがあるんです(笑)。
結論から言うと、人間はいつも「自分」を基準にしている、すごく主観的な生き物なんですね。 そのため、「自分より大きくて、怖くて、貴重な動物」は「一頭、二頭」と数える傾向が強くなります。逆に、自分より小さかったり、自分がコントロールできるレベルの動物は「一匹」と数える習慣があります。
サイズや怖さをひっくるめて、「自分のコントロール(制御)が効くか、効かないか」がひとつの分かりやすい基準になりますね。
──ということは、「犬」は一匹で、野生の「オオカミ」は一頭、というイメージでしょうか?
そうですね。ただ、犬であっても「もし襲いかかってきたら自分では抑え込めそうにないな」という大型犬なら「一頭」と数えていいと思います。
また、大きさとは関係なく、盲導犬や警察犬などの「高度な訓練を受けている能力が高い犬」も「一頭」と数えることが多いです。最近、トイプードルが訓練を受けて警察犬になったというニュースがあったのですが、そこでも「一頭」と書かれていました。人間社会において特別な役割を持っているかどうかも、境界線に関わってくるんです。
「羊が一匹」でなければ眠れない理由
──そう考えると、羊やヤギあたりはかなり微妙なラインにいますよね。
まさに境界線上ですよね。だからこそ、その動物をどう捉えるかで数え方が変わるんです。
家畜として飼っていて、すごく存在感があると思えば「一頭」ですし、生物学的な文脈でも「一頭」が使われます。ただ、夜眠れないときに「羊が一頭、羊が二頭……」と数えると、きっとなかなか眠れないですよね。
──存在感が強すぎます。
そう、活気が出ちゃう(笑)。「羊が一匹、羊が二匹……」と数えるからこそ、遠くに白いモヤモヤとした軽い存在が飛んでいくようなイメージになって、眠るためのまじないとして有効になるんです。
日本語の数え方は、人を一匹と呼ぶ、といったようなよほどのことがない限り「どちらが間違い」ということはありません。正解がガチガチに決まっていないからこそ面白いし、その数え方を選んだ人の価値観が表れるのだと思います。
ウサギを「一羽」と数えるようになった本当の理由
──もうひとつ、動物の謎を教えてください。よく「ウサギは一羽、二羽と数える」と言われますが、実際はみんな「一匹」と数えていますよね。なぜ「羽」を使うようになったのでしょうか。
これも私がモヤモヤして調べたことがあるんです。実は、ウサギを「一羽」と数えるようになったのは、明治4年頃からなんです。それまでは、みんな普通に「一匹」と数えていました。
──明治時代にどんなきっかけがあったのでしょうか。
きっかけは、当時の「ウサギブーム」です。ペットとして人気が高まり、珍しい毛色や耳の形のウサギが高値で取引されるようになりました。
業者たちは「ウサギ番付」を作り、どの個体が優れているかを示すことで、購買意欲をあおっていたといいます。
赤田光男著『ウサギの日本文化史』(世界思想社)によると、この番付には売買を取りまとめる世話人の名前も記されており、そこには「鳥〇」といった屋号が並んでいます。鶏肉や鶏卵、ニワトリを売っている人たちが、ウサギのブリーダーやブローカーとなって取引をしていたのですね。
本業ではないウサギを扱うにあたり、彼らはウサギをあえて「一羽、二羽」と、鳥と同じ数え方で表現していました。あたかもニワトリの取引をしているかのように見せかけ、ウサギを影で高い値段でお客さんに売っていたのです。
――業者がウサギを鳥に見せかけたことが始まりなのですね。
明治5年頃にはウサギブームはどんどん高まり、それに伴いもめごとも増えました。とうとう明治6年に東京府は、ウサギを飼っている飼い主に、次の通り税金をかける法令を発表したんです。
「兎一羽ニ付月月金一圓ツツ可相納事(ウサギ1羽につき月々1円ずつ納税すること)」
これによって、ウサギを1匹飼っている人は1円、今で言うと2万円~5万円ほどの税金を東京府に払わなくてはいけなくなりました。
──「一匹」ではなく、あえて「一羽」と書いたのですね。
あらためてこの法令文を見ると、「兎一匹」ではなく、あえて「兎一羽」と書いたことが大きな効果をもたらしたのだと思います。
不当にウサギの値段を吊り上げ、世の中を混乱させていた業者に対して、東京府があえて彼らの業界用語である「1羽」という数え方を法令に使うことで、強い警告を与えました。
法令ができた後、税金から逃れようと隠れてウサギを飼う人も少なくありませんでしたが、東京府の役人は家までやってきてはウサギを見つけ出し、容赦なく納税を求めました。「これでは高くてたまらない」と多くの人がウサギを飼うのを諦めることになり、熱狂的だったウサギブームは、あっという間に終わりを迎えたのです。
このあたりの歴史は、NHKの連続テレビ小説『ばけばけ』でも描かれていたので、記憶に新しい方もいらっしゃるのではないでしょうか。
もしこれを「兎一匹」と書いていたら、ここまでの効果はなかったでしょう。数え方のパワーを実感する、歴史的な出来事です。
こうした騒動がきっかけとなって「ウサギは1羽」という数え方が一般の人にも知られるようになり、こんにちでも習慣的に残っているのです。
飯田朝子(作), 武者小路晶子(絵) 『ぽんぴきぱいのぽん』(エンブックス)
「数えかた」が楽しく学べる物語絵本
「まほうようちえん」に入園した子どもたちが学んだのは、食べものや生きものを出す「ぽんぴきぱい」の魔法。
この魔法の言葉をうまく使いこなすには、きちんと「数えかた」のルールを覚えないといけません。例えば、きゅうりを1本出したいときは「ぽん」、かえるを2匹出したいときは「ひき」と、間違えずに数えることが大切です。
ところが帰り道、こっそり魔法を試してしまった子どもたちの前に、思ってもみない生き物が現れて大ピンチ!……
知的好奇心が芽生える4歳ごろのお子さんにおすすめです。読んでいるうちに、いつのまにか数えかたマスターに!
