ランドセルに全部詰め込む子どもはだらしないの? 元教員が教える「判断コスト」と不安の正体

熱海康太
2026.05.29 21:28 2026.05.30 12:00

ランドセルを背負う小学生の男の子

元公立学校教員として多くの子どもたちと向き合い、現在は一般社団法人日本未来教育研究機構代表理事を務める熱海康太氏は、「ランドセルに全部詰め込む子には、怠慢ではなく不安と判断コストという理由がある」と語ります。ランドセルが移動ロッカー状態になっていた小3の息子に、母親が「捨てる」ではなく「仕分けのルール」を作った日から、週末の親子の時間が変わりました。(写真はすべてイメージです)

ランドセルの中から出てくるもの

ランドセルのファスナーが今にも弾けそうなほどパンパンに詰め込まれている。重い腰を上げて中身をぶちまけてみると、そこから出てくるのは先週の配布プリントの束、使い終わって芯のないノート、空になったシャーペンの芯のケース、いつのものか不明な折り紙の切れ端……。

必要な教科書と、明らかに不要なゴミが地層のように混ざり合っている光景に、親はつい「なんでこんなに溜めるの!」と声を荒らげてしまいます。しかし、子どもは「だって、全部必要だから」と頑なに譲りません。

「じゃあ、どれがいるか自分で選んで」と促しても、「どれがいるかわからない」と途方に暮れてしまう。実は、この「どれがいるかわからない」という言葉こそが、子どもの脳内で起きている混乱を解くための重要な手がかりなのです。

幸代さんの悩み:基準が見えないヒロト君のランドセル

母親の幸代さん(仮名)は、小学3年生の息子ヒロト君(仮名)が持ち帰るランドセルの重さに、毎週驚愕していました。中身を確認すると、学校の引き出しに置いておけばいい習字道具の予備が入っているかと思えば、逆に必ず持ち帰るべき宿題のプリントが教室に置き去りにされている。

何を持ち帰り、何を学校に置くのか。その選択基準が、幸代さんには全く見えませんでした。ヒロト君にとってランドセルは、整理されたカバンではなく、自分の身の回りのものをすべて詰め込んだ「移動式のロッカー」になっていたのです。

「全部入れる」行動に隠された、子どもなりの論理

ランドセルと小学生の男の子

ランドセルにすべてを詰め込む行動を、単なる「だらしない性格」として片付けてしまうのは禁物です。「全部入れる」ことには、子どもなりの切実な理由が隠されています。

熱海康太

熱海康太

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大学卒業後、神奈川県の公立学校で教鞭を取る。 教育実践において厚木市教育委員会から表彰を受けるなど活躍。しかし、勘と根性に任せた指導法に限界を感じ、国立大学付属小学校で多くの教育論や教育実践を学ぶ。 学びを体系化することで、学級や学校は安定し、『先生の先生』を行うことも増えた。その後、教員や保護者、子どもたちのための本を執筆するようになる。 常に先端の教育理論や教育実践を研究している。