「本来は痛くないはず…」無痛分娩の最中に起きた、予想もしなかったお産の急変【前編】

出産時にごくまれに起こる、重篤な合併症「羊水塞栓症(ようすいそくせんしょう)」。母体の死亡率が非常に高いことでも知られるこの危機を、Aさんは第一子の出産時に経験しました。
つわりも軽く、トラブルなしの超順調な妊婦生活を送っていたAさんは、出産の痛みを避けるため、迷わず「無痛分娩」を選択。
しかし、穏やかに終わるはずだったお産は、麻酔を投入した瞬間から予想もしない展開へと転がっていきます。
前編では、思い通りにいかなかったバタバタの出産のリアルな様子を振り返ります。
※この記事は、出産時にAさんが実際に経験し、感じたことをもとに構成されています。医学的な一般論ではなく、あくまで一個人の体験と主観に基づいた内容としてご覧ください。
予定日を過ぎてもなかなか生まれず
30代半ばで第一子を妊娠。妊娠期間中はつわりもそこそこ、大きなトラブルもなく、まさに順調そのものでした。
唯一の心配事は、出産の痛み。先輩ママたちからさんざん脅されていたこともあり、「産むまでの期間、ドキドキしながら過ごすのは嫌!」と、迷わず無痛分娩ができる病院を探しました。
選んだのは、陣痛促進剤をつかわず、自然な陣痛が来てから無痛分娩ができる大きな病院。
無事産休に入り、いつ陣痛がきても大丈夫!とその時が来るのを待ちましたが、予定日が近づいても、我が子は全く生まれる兆しなし…。
予定日を過ぎてからは、周囲からの「いつ生まれるの?」の質問に、「こっちが知りたいわ!」と落ち込む日々を過ごしました。結局、医師の判断で入院し、陣痛促進剤を使って出産することに。
入院後、ドキドキしながらも、あれこれ処置をすませます。いよいよ陣痛促進剤を投与すると、みるみるうちに陣痛が襲ってきました。 「無痛分娩」を選んだとはいえ、ここからは未体験の痛みとの闘いです。
じつは無痛分娩は、ある程度お産が進まないと麻酔が使えません。そのため、しばらくは陣痛にたえつつ、子宮口が開くのを待ちます。無痛といえど、全く痛くないわけではないのです。
とはいえ、「これが陣痛か!」と感心する余裕があったので、普通分娩に比べたらまだまだ序の口の痛みだったと思います。
すとんと下半身の感覚が消え去る

ここまで順調…かと思いきや、陣痛に耐えている間、たびたび赤ちゃんの状態が不安定に。
アラーム音が鳴るたびに医師や助産師さんが集まり、「体勢を変えて!」などと指示が飛びます。「え、これ大丈夫?」と不安になるものの、医師や助産師さんは、「大丈夫」とも「大丈夫じゃない」とも言いません(おそらく私がパニックにならないように)。
落ち着いた際に「びっくりしましたよね!」と明るく声をかけてくださったものの、何が起こっているかの詳細はわからず、不安を感じながら過ごしました。
子宮口が7センチほど開いたタイミングで、いよいよ麻酔を注入することに。すると、先ほどまで波のように襲ってきた陣痛がすっと消えてなくなりました。
なんて快適なんだろう! と思いつつ、しばらくは夫と雑談しながら過ごしました(ちなみに、コロナ禍前の話です)。
しかし、しばらくすると、なぜかまた強い陣痛の痛みが…。麻酔を入れる前と同じくらいの痛みに、「あれ?」と不安がよぎります。
助産師さんに「この段階で痛みがあるのは普通ですか?」と尋ねると、「本来は痛くないはず…」との返答。
「何か異常が起きているのでは?」と心配になり、医師に状況を説明しましたが、うまく意図が伝わらなかったようです。痛みを和らげたかったわけではないのですが、「痛いなら…」と麻酔を追加してくださいました。
するとその瞬間、すとんと下半身の感覚が消え去り、びっくりするほど何も感じなくなってしまいました。
自分の足がどこにあるのかすら分からない…そんな異常事態と同時に、赤ちゃんの状態も急変したのかもしれません。そこからは、それまでとは比べものにならない怒涛の勢いで、分娩の準備が進んでいきました。
感覚のない下半身で挑んだ「鉗子分娩」

瞬く間に私を取り囲む医師と助産師のみなさん。「いきんでください!」と指示が飛び、焦りながらもどうにか下半身に力を入れます。いきめてるのか、いきめてないのか、正直まったくわかりません。
身体の感覚がまったく頼りにならないため、周囲の「いきんで!」という掛け声だけが命綱でした。ほかに手がかりが何もないなか、必死に「便秘のときの自分」をイメージするしかないという、なんとも情けない状態です。
やはり感覚のない状態では、いきむ力が足りなかったようで、最終的に鉗子分娩に切り替わり、なんとか赤ちゃんを引っ張り出してもらいました。
生まれてきた赤ちゃんは、呼吸が十分にできていない状態でした。
スタッフのみなさんの手元が慌ただしく動きます。私はまだ名前もない赤ちゃんに向かって「がんばって!」と呼びかけ続けることしかできません。
先生方の必死の処置のおかげで、やがて弱々しくも無事産声が響きました。
産声が上がるまでのあの数分間は、本当に生きた心地がしませんでした。「大変な思いをさせてしまった」という申し訳なさと情けなさで思わず涙が…。
想像を遥かに超えた恐ろしい出産になってしまい、この時点ですでに「トラウマ」という言葉が頭をよぎるほどでした。
実際は、この後に更なる事件が待っていたわけですが…。
▶【後編】「意識を失わないで!」出産直後に急変した私に、医師が告げた最悪のシナリオへ続く(6/15公開)
【参考文献】 日本産婦人科・新生児血液学会 http://www.jsognh.jp/society/amniotic.php






























