「意識を失わないで!」出産直後に急変した私に、医師が告げた最悪のシナリオ

出産時にごくまれに起こる「羊水塞栓症(ようすいそくせんしょう)」。母体の死亡率が高いことで知られるこの重篤な合併症を、第一子の出産時に経験したAさん。
前編では、トラブルなしの順調な妊婦生活から一転、無痛分娩の最中に赤ちゃんの状態が急変し、バタバタの鉗子分娩でなんとか我が子を出産するまでを振り返りました。
無事に生まれて安心したのも束の間、本当の「事件」はここから始まったのです。
(この記事は後編です。前編【「本来は痛くないはず…」無痛分娩の最中に起きた、予想もしなかったお産の急変】)
※この記事は、出産時にAさんが実際に経験し、感じたことをもとに構成されています。医学的な一般論ではなく、あくまで一個人の体験と主観に基づいた内容としてご覧ください。
出産後、止まらない出血
出産後、いよいよ赤ちゃんと対面。ほやほやのかわいい姿を写真に撮ったりなど、しばらく和やかな時間を過ごしていました。
ただこの時、なぜか私の身体はガタガタと震えが止まらない状態でした。今思えば、身体が異常事態を知らせていたのかもしれません。家族にも顔色の悪さを指摘されましたが、「まあ、大変なことがあった後だから…」と、あまり深く考えずにいました。
しかし、出産後に適切な処置をしたにもかかわらず、この時私は大量に出血していたようです。助産師さんの「あれ?」という表情とともに、雲行きが怪しくなってきます。
止血のためにさまざまな処置が試みられるものの、なかなか止まらない出血。徐々に医療スタッフの表情や動きに焦りが見え始めます。
穏やかだった空気が、次第にバタバタと緊迫したものへと変わっていきました。
あれこれ試すも、どれもうまくいっていないことが伝わってきます。
「Aさん、さほど自覚症状がないかもしれませんが、実は今大変危ない状態で…!」という医師のあわただしい説明により、私も事の重大さを実感。
しかし、私にできることは何もなく、ただただ「まな板の上の鯉」状態です。自分の身体で起きていることなのに、何もできないことに歯がゆさを感じつつ、バタバタするスタッフに「よろしくおねがいします!」と心の中で念をおくるしかありませんでした。
「あ、このまま死ぬかも…」

突如、身体がズシンと重くなり、視界が暗くなりました。「あ、このまま死ぬかも…」と、意外に冷静に感じたのを覚えています。
…いやいや、さっき子どもを産んだばかりだし! がんばれがんばれ! と、心の中でひたすら念じます。それしかできることがないのです。
そのとき、大量の輸血のおかげか、少しずつ視界がはっきりしてきました。とはいえ危険な状態には変わりないようで、医師たちの必死の処置は続きます。
スタッフの一人に「Aさん、頑張ってください!」と声をかけられましたが、まな板の上の鯉の私には何もできません。思わず「具体的に何を頑張ればいいですか!」と聞き返したところ、返ってきたのは「意識を失わないで!」という言葉でした。
どうやらこういう極限状態では、意識を保ち続けることが最大のミッションのようです。
その後、医師から「このままでは命を落とす可能性が高いので、子宮を全摘出する必要があります!」と衝撃の告知が。
出産って、こんな大ごとになるものなの!?
…と、内心パニック。
「きょうだい産めないじゃん…」という思いが頭をよぎりましたが、死んでしまったらそれどころではありません。
腹をくくって、「よろしくお願いします!」と伝えるのが精一杯でした。
こうして、私はそのまま手術室へと運ばれることになります。
移動の最中、青ざめた表情の夫と、まるで漫画のように頭を抱えている母の姿が視界に入りました。
「なるべく死なないようにするわ!」と声を掛けたものの、届いていたかは分かりません。
「まさかこんなことになるなんて」と、申し訳なさを抱えたまま、私は手術室の向こうへと吸い込まれていきました。
子宮、取っちゃえば助かる?

「まあ、子宮を取っちゃえば助かるんでしょ!」と、私はどこか安心しながら、麻酔とともに意識を手放しました。
しかし、実際の手術は困難を極めたようです。
夕方に始まった手術は一晩中続き、一度は縫合したもののうまくいかず、再度やり直すことに。最終的には院長先生まで執刀に加わり、「いよいよ危ない」と私のきょうだいも病院へ駆けつけていたと、後になって聞かされました。
意識のなかった私はある意味で気楽なものでしたが、家族は一晩中眠れぬまま、不安と闘っていたそうで…本当に心配をかけたと思います。
私が目を覚ましたのは、翌日のお昼頃。 出産後からずっと何も口にしていなかったため、のどがカラカラに渇いていたのを覚えています。
一時はどうなることかと思いましたが、諦めずに手を尽くしてくださった先生方や助産師のみなさん、そして、日ごろ献血に足を運んでくださってる方々のおかげで、私は奇跡的に一命を取り留めることができました。
あのとき必死に命を繋いでくださった医療スタッフのみなさんには、感謝の言葉しかありません。
そんな紆余曲折を経て、無事に我が子とようやく再会できたのは、出産から3日後のことでした。
原因は「特定できない」

後日、改めて今回の件について医師から説明の場が設けられました。
私の身に起こっていたのは、「羊水塞栓症(ようすいそくせんしょう)」という合併症。
羊水が母体の血液中に入り込むことで発症するとされており、発生頻度は非常に低いものの、母体の死亡率が高いことで知られています。
原因はいまだにはっきりとわかっておらず、予防が難しいのだそう。
手術を執刀してくれた院長先生も「原因は特定できない」とした上で、「医療は何でも分かると思われがちですが、実はまだまだ解明されていないことも多いんです」と率直に話してくださいました。
「無痛分娩を選んだのがいけなかったのだろうか」と罪悪感に駆られていましたが、先生から「無痛は原因ではない」とはっきり言っていただけたことで、少し救われるような思いがしました。
結局、確かな原因は分かりませんでしたが、のちに自分で調べるなかで、羊水塞栓症になりやすいとされる要因にいくつか思い当たる点もありました。
しかし、同じ条件であっても、発症しない妊婦さんはたくさんいます。
さまざまな偶然が重なった結果に過ぎず、やはり「誰にも原因が分からないこと」だったのだと受け止めています。
出産のその後は?
手術後は血液検査の結果が思わしくなく、結局1ヶ月間の入院生活を送ることになりました。
母子同室で赤ちゃんもずっと一緒だったため、我が子は新生児室で一番の「長老」に…。
最終的には、スタッフのみなさんから愛着を込めたあだ名で呼ばれるほどになっていました。一か月検診も入院中に済んでしまったので、それは楽だったなと思います。
私はその後、血栓の合併症が見つかるなどのトラブルがありましたが、幸いにも現在は大きな問題もなく元気に過ごしています。子宮を失ったため生理はなくなりましたが、それ以外は日常生活に大きな支障はありません。
退院後はすぐに怒涛の育児が始まり、正直、落ち込んでいる暇もないまま今日まで駆け抜けてきました。
もう子どもを産むことはできませんが、それ以上に、自分も我が子も元気に生きていられることに、ただただ感謝しています
これから出産を迎える方へ

出産がどんな展開になるかは、本当に誰にも予測できません。だからこそ、特にパートナーの方には「出産=無事に終わるもの」と軽く考えないでいてほしいと思います。
実際、私の夫も「まあ、大丈夫だろう」と楽観的に構えていたのですが、産後は私以上にショックを受け、激しく落ち込んでいました。
あまりの凹みっぷりに、死にかけた張本人の私が「なんか、気分転換でもしてきたら…?」と声をかける始末。本当に心配をかけて悪かったな、と今では思います。
一方で、これから出産を迎える方に伝えたいのは、私が経験した羊水塞栓症は非常にまれなケースだということです。過度に不安になる必要はありません。
出産に向けては、さまざまな選択や判断を求められる場面があると思います。そんなときは、そのときどきで「これが最善だ」と思える選択をし、自分にできることを丁寧にやっておく。
「何かあったらどうしよう」と不安を膨らませるよりも、「自分にできることはやった」と思える準備が、きっと心の支えになると思います。
ですので、このような話をしておいてなんですが、妊婦さんご本人はこうした「もしもの時」の記事を読みすぎず、なるべくリラックスして日々を過ごしてほしいと思います。(パートナーに読んでもらうのは賛成です!)
どうか、穏やかな気持ちで出産の日を迎えられますように。心から安産を願っています。
【参考文献】
日本産婦人科・新生児血液学会 http://www.jsognh.jp/society/amniotic.php






























