仕事では饒舌な父親がなぜ「学校の懇談会」では黙ってしまうのか…たった一つの準備が変えた場との向き合い方

元公立学校教員として多くの子どもたちと向き合い、現在は一般社団法人日本未来教育研究機構代表理事を務める熱海康太氏は、「懇談会で発言できないのは性格の問題ではなく、準備の問題だ」と語ります。毎学期「また何も言えなかった」と後悔し続けた父親が、「今日これだけは聞く」という一つの問いを持って臨んだ日から、懇談会との向き合い方が変わりました。(写真はすべてイメージです)
終わるたびに「また何も言えなかった」
新学期や学期末の懇談会。終わって教室を出るたびに、「ああ、また今日も何も言えずに終わってしまった」という、どんよりとした後悔の念が残ることはありませんか。
先生の話を静かに聞き、他の保護者が流暢に質問するのを眺め、最後はなんとなく周囲に合わせて拍手をして解散する。帰り道、一人になってからようやく「あ、あれを聞けばよかった」「最近の子どもの様子、一言だけでも伝えたかったのに」と、言いたかった言葉が次々と溢れ出してくる。
次の懇談会こそは、と思っても、いざあの教室の椅子に座ると、また口が重くなる。「自分は懇談会という場が苦手なんだ、向いていないんだ」と思い込んでいる親御さんは多いのですが、問題の本質は「性格」にあるのではありません。多くの場合、単に「場に対する適切な準備」が不足しているだけなのです。
裕樹さんの葛藤:仕事では話せるのに、なぜ?

父親の裕樹さん(仮名)は、毎学期の懇談会に参加するたびに「空気を読んで、ただ座っているだけ」の状態を繰り返していました。周囲の保護者が積極的に発言している姿を見ては、「自分には親としての経験や熱意が足りないのではないか」と、密かに劣等感を抱いていました。
しかし、裕樹さんは決して人前で話すことが苦手なわけではありません。仕事の会議では、論理的に意見を述べ、プレゼンテーションもこなしています。それなのに、なぜ学校の懇談会になると途端に新入社員のような心持ちになってしまうのか。その理由が、長い間彼にはわかりませんでした。
懇談会で「言葉が詰まる」本当の理由
懇談会で発言できない理由を紐解くと、主に二つの要因が浮かび上がります。一つ目は、






























