「僕には得意なことが何もない」とこぼした小6息子…父親が気づいた、目立たない取り柄の価値

元公立学校教員として多くの子どもたちと向き合い、現在は一般社団法人日本未来教育研究機構代表理事を務める熱海康太氏は、「何かの一番になることだけが取り柄なのではなく、日常の中でごく自然に発揮されている力にこそ、その子らしさが表れる」と語ります。「僕には得意なことが何もない」とこぼした小6の息子に、父親が気づいたこととは。(写真はすべてイメージです)
「僕には得意なことが何もないんだよね」
運動も勉強も特別に秀でたところがなく、これといってはっきりした趣味も見当たらない。小学6年生の息子を見て、父親は将来のことをぼんやりと心配していました。
通知表を毎学期きちんと見返しても、どの教科も平均点前後で、これといって際立った得意分野がなかなか見当たりません。
友人たちがそれぞれ自分の得意なことを見つけて、生き生きと日々を過ごしている姿を見るたびに、父親は「うちの子には、何か一つでも本当に誇れるものがあるのだろうか」という思いを抱えていたそうです。
ある夜、息子自身も「僕には得意なことが何もないんだよね」と、笑いながらも小さく寂しそうな声でこぼしたことがあり、その言葉は父親の胸に深く残りました。
周りの子が習い事の発表会や大会で表彰される様子を、息子が少し離れた場所からぼんやりと眺めている姿を見たときも、父親は何とも言えない複雑な気持ちになったといいます。同級生の親から我が子の活躍を聞かされるたびに、心のどこかで無意識に比べてしまう自分自身にも、父親は薄々気づいていました。
取り柄の捉え方を広げる
突出した一芸を持つことよりも、複数の力を柔軟に組み合わせて、その場その場の状況に応じて対応できる力が重視される時代になってきています。
特定の分野で一番になることだけが価値の基準ではなく、様々な状況に柔軟に適応しながら周囲と協働していく力にも、確かで大きな価値があります。
近年の教育や労働の在り方に関する議論では、この柔軟性や協働力こそが、






























