グループ決めで毎回最後まで残る小4息子…「もう慣れた」という言葉が父親の心を重くした理由

元公立学校教員として多くの子どもたちと向き合い、現在は一般社団法人日本未来教育研究機構代表理事を務める熱海康太氏は、「選ばれる立場に置かれ続けることの重さは、大人が想像する以上に子どもの心に積み重なっていく」と語ります。「今日もビリだった」と漏らした小4の息子。「もう慣れた」という言葉が、父親の心を重くしました。(写真はすべてイメージです)
「チーム決めるとき、いつも最後に余っちゃう」
体育のチーム決めで、小学4年生の息子はいつも最後まで名前を呼ばれませんでした。父親がそれを知ったのは、息子がある日「今日もビリだった」とぽつりと漏らしたことがきっかけでした。
「ビリって何」と聞くと、「チーム決めるとき、いつも最後に余っちゃう」という答えが返ってきました。
誰かに意地悪をされているわけでは決してありません。ただ、積極的に誰かから選ばれることがない、という状態が続いていたのです。サッカーでも野球のゲームでも、いつも同じような光景とパターンが繰り返されていました。
父親が詳しく聞いていくと、この状態はすでに1学期の初めから続いており、息子自身も「もう慣れた」と半ば諦めたような口調で話していたことが、かえって父親の心を重くしました。
「慣れた」という言葉の裏に、実際にはまだ慣れきれていない、静かな傷つきが隠れているのではないかと、父親は感じたのです。それまで父親は、体育の得意不得意は本人の性格の範囲内の話だと軽く考えていましたが、この一言を聞いてから、その捉え方が大きく変わっていきました。
選抜方式が生む自己認識
この状況が繰り返されると、子どもの中には






























